a Day in Our Life


2002年06月13日(木) 家路。(沢黒)


 「し〜ん〜〜vvv」

 ホームルームと放課後の境目と同時に、南が浮かれた声を上げた。そのまままっすぐ教室の一番後ろまで小走りに寄って来る。
 「今日、おまえんち行ってい?いいビデオが手に入ったんだよ!」
 家だと落ち着いて見れねえしさ!慎んちは一人暮らしだから問題なしじゃん? 
 勝手に話を進める南をよそに、立ち上がった沢田は机の脇にかけられた鞄を手する。
 「悪いけど、今日はダメだ」
 あまりにサラリと断られたので、南は一瞬、正確な意味を理解しかねてポカンとした顔をする。それから、慌てて叫んだ。
 「え〜〜〜ッ!マジで?!うっわ俺ちょー楽しみにしてたのに!」
 おまえだって見たいだろ?!無修正洋モノだぜムシュウセイヨウモノ!
 叫びながら南はいかがわしいピンク色のビデオを振り回す。
 「いや、別に」
 そんな南にはもう背を向けて、沢田はぺたんこの鞄を持ち上げた。それからふと、足を止めて。
 「ちなみに俺んち、テレビねえんだ」
 振り返りもせずに教室を出て行った。

 「慎」

 教室を出ると、壁にもたれた体制で内山が立っていた。そういえば教室にはいなかったな、と沢田はふと考える。
 「別に詮索するつもりはねんだけどさ」
 言い訳をするようにそう、前置きをして。
 「クロ、おまえんちにいるんだろ」
 単刀直入に言った。
 沢田は沈黙を返しながら心もち目線を上げて、内山を見る。目線が交差した。
 「南はきちんとうちで面倒見るからさ、心配すんなよ。今日だけがダメなわけじゃねんだろ?怪しまれる前に言い訳考えておけよ」
 内山が笑う。隠すつもりもなかったし、隠したいわけでもなかったけど。なんとなく表だってそれを宣言して回る気にはなれなくて。
 「…そうする」
 直接的な返答はしないままに口の端をわずかに持ち上げた。そんじゃ俺、先帰るわ。と歩き出した沢田の背中に内山の声が柔らかくぶつかる。
 「クロによろしく言っといて」
 声には出さないで、右手を軽く振って見せた。






 どうしてそうしようと思ったのかは分からない。
 言い出したのは俺の方だったと思う。俺、働くよ、と小さく呟いた黒崎の横顔を見ながら、思考を通さずに口だけがただ機械的に、俺んち来るか、と言った。働くつったって日払いでもなけりゃ金になるまではしばらくかかるし、おまえ行くとこないんだろ?自分でも最もな言い分だと思った。思いつきにしてはよく出来ていた。案の定、黒崎はバツが悪そうな表情になって、実はそうなんだ、と更に小さく呟く。いまさら家には帰るつもりねえし、つか帰れねえし、今までは知り合いんとこ泊まり歩いてたからさ。
 だったら。
 自分でもなにをそんなにムキになっていたのだろうと思う。むしろ必死なのは自分だったかも知れない。だったら俺んとこは一人だし、気兼ねしなくていいんだぜ、言った自分の声は自分で思う以上に、熱っぽいと思った。





 早くもなく遅くもなく、ゆっくりとした足取りで家路につく。そういえば冷蔵庫に飲み物を切らしてたな、と思い至ってマンションの玄関をくぐる前に、近くのコンビニへと軌道修正をした。ドリンクの棚の前に立って、いつものメーカーの緑茶を手に取りかけて、そういえばあいつは緑茶が苦手だった、と思い出した。伸ばしかけた手を下に移動して、半透明のスポーツドリンクを籠に入れた。500mlのペットボトルの入ったコンビニ袋を下げながら、そんな自分の行動がひどくおかしくて、笑いたくなった。
 金属質な音を立てながら玄関のドアをあける。ただいま、と小さく呟いた声に、おかえりと明るい声が帰って来た。
 「よお〜慎〜〜。待ってたよ〜〜〜」
 ソファにうつ伏せになった黒崎が、ひらひらと手を振っていた。
 「おまえが待ってたのは俺じゃなくて、こっちだろ」
 言って差し出したペットボトルに気がついて、おお、それそれ!も〜喉渇いてさ〜!とひったくるように受け取った。黒崎がキャップを開けている間に、戸棚からグラスをふたつ、出して机に置いた。
 「買いに行こかうと思ったんだけど、俺、考えたら一文なしでさ〜」
 なみなみと注いだスポーツドリンクを一気に喉に押し込む。随分と美味そうに飲むもんだ、と自分が飲むのを忘れてつい、じっと見てしまった。
 「んだよ」
 視線に気付いた黒崎が軽く口を尖らせる。
 「いや?」
 別に、と嘯いてグラスを傾けた。半分くらい飲んだところでグラスを戻すと、その延長上、大きな欠伸をする黒崎の姿に行き着く。
 「久々に体動かしたら疲れちゃってさ。かなりなまってたよ」
 ざまあねえよな。小気味いい音をさせて肩を回した。そうしながらまた、小さな欠伸が止まらない。
 「眠いならベッド、使えよ」
 「ん〜…」
 生返事の黒崎は、もう半分眠りに落ちかけていた。一応さ、慎が戻って来るまでは待ってようって、けっこー頑張って起きてたんだよ。慎の顔みたら急に眠気が、なんてモゴモゴと言い訳みたいに口の中で呟く。だいたいこの家にはTVがないんだから、寝るしかねえんだよ。おまえ普段なにしてるわけ?・・・
 ひどい言われように笑いを堪えながら、見てるそばから黒崎は眠りに落ちていく。やがてソファに横になった体勢のまま、小さな寝息が聞こえてきた。やや長めの前髪が、閉じられた瞼にかかって、それがひどく彼を年相応に見せると思った。長い睫毛がまっすぐな影を作って、その影が呼吸に合わせてかすかに揺れるのをしばらく眺めていた。やがて沢田も小さくひとつ、欠伸を落とす。
 「うつった・・・」
 ぼそりと呟いて、ゆっくりと伸びをした。それから立ち上がって、毛布を2組持ち出してくる。ひとつを黒崎にかけてやって、もうひとつは自分の肩まで持ち上げた。そのままソファを背もたれにして、目を瞑る。
 閉じた目の奥、黒い影のすぐ後ろから黒崎の規則的な寝息が聞こえた。その小さな音だけが、この世界の全てだった。沢田の家を出て、文字通り一人で寝起きしてきたこの部屋での、はじめての異音。側に誰かがいる、ということ。
 小さく息をつく。
 自分の吐いた息にさえ、かき消されてしまう小さな寝息。
 そんな小さな音が、とても大切だと思うだなんて。
 「バカみてえ…」
 呟きつつ、その声色が柔らかいことを知っている。
 昨日と今日がなんら変わらないように、閉じた目を次に開いたとき、世界が変わっているわけじゃない。だけど、なにかが自分の中で変わるような気がしていた。目が覚めても、黒崎はきっとそこにいるから。もう、消えたりしないから。
 寂しかったのは、きっと自分の方なのだ。
 自嘲気味に沢田は思って、そこで思考を止めた。それからゆっくりと、眠りに落ちた。





■■■意味分かりません。

更新したいーという気持ちばかりが空回りしました。
黒崎を拾って帰る沢田ってのもアリかなーと思っただけです。気持ちが落ち着いたら書き直したいと思います。たぶん・・・たぶんね。(弱)

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