a Day in Our Life


2002年05月30日(木) 赤西さんと深川くんの話。


 「かめ!」

 なにをそんなにってくらい大声で呼ばれた。最初背中にかけられたその大声は、返事のない俺を不審がってかすぐに正面に回ってきた。後ろからぐるりと回り込んできたその大声の主は、派手な金髪をしていた。
 「かめって…!あっ、違う」
 勢いづいて叫んだ声が尻すぼみになった。おまけにやや突き出された顔がその勢いのせいでぶつからんばかりに接近してきて、俺は足を止めて衝突を回避する羽目になった。男は俺の目の前に陣取ったまま、まだしげしげと俺の顔を覗き込んでいる。
 あんたがそこにいると俺、進めないじゃん。
 むっとして男を睨みつける為に、少し顔を上げなければならなかった。中学3年生としては一般的な俺よりも、随分と高い位置にあるその顔は、よくよく見ると髪の色以上に派手なつくりをしていた。その顔が、目線が絡んだ瞬間に破顔して笑う。
 「ごめんごめん」
 笑うと右目の端にある大きめのほくろが揺れた。
 「俺のトモダチにあんまり似てたから間違えちゃった」
 びっくりしたろ、それからもう一度ごめんと言った。
 「別に…」
 いいけどどいてくんない。
 言おうとした言葉がつかえる。俺よりひとまわり以上デカい目の前の男に圧倒されているのかも知れない。顔の甘さのわりに威圧感があった。ごめんという言葉をよそに、そいつは俺の前から退こうとしない。
 「カメナシカズヤっていうんだけど」
 そいつ。もーマジ瓜ふたつってゆーくらい似てるんだよ。かめはもう少し細眉だけど。むしろ昔のかめに似てる。聞いたわけでもないのにべらべらとしゃべられる話に、また若干むっとする。眉毛太くて悪かったな。もろに顔に出たであろう俺の表情に気付いた男が、また少し笑った。
 「あ、怒った?そんな風に顔に出るところまでソックリ」
 「…あっそ」
 だんだんムカついてきた。だったらどうなんだ。あいにく俺はカメナシとかゆー名前じゃないし、あんたの知り合いでもない。間違いが分かったんならもうこれ以上の用もないだろう。俺はまだ買い物が残ってるんだ。男が退く気配がないので、仕方なく俺は肩幅分横に移動して歩みを再開した。正確にはしようとした。その俺の動きを阻止するかのように、背中に声が被さる。
 「あっ、ねえ待ってよ!」
 やっぱり大声で呼ばれて、俺はいやいやながら振り返る。
 「まだなんか用?」
 「俺、赤西仁ってゆんだけど」
 「…は?」
 「いや、俺の名前。アカニシジンってゆうの」
 「だから?」
 「きみの名前は?」
 「聞いてどうすんの」
 「どうもしないけど知りたいなーって。ほら、人の名前を聞く時は自分から名乗れってゆうでしょ」
 「……言うけど…」
 それ、理由になってなくない?
 「だから、きみの名前も教えてよ」
 まるで当然というように、もう一度聞かれた。俺の名前聞いてどうするつもりだよ、こいつ。思ったけどまあ別に減るもんじゃないし。思い直す。
 「…深川明彦」
 「ふーんアキヒコかー」
 「なんでいきなり呼び捨てなんだよ…」
 最後のは呟きに近くて、アカニシとかゆうやつには届かなかったらしい。まあ、どう見積もっても俺より年上であろうこいつにフカガワさんとか呼ばれるのもおかしいとは思うんだけど。高校生くらいかな。大学生ってことは…なさそうだった。頭悪そうだし。そこまで考えてふと我にかえる。どうだっていいや、そんなこと。なんとなく疲れて、押し黙った。俺の沈黙をものともせずに、アカニシジンは俺の顔をじろじろと見回した。ほんっと信じられないくらいに似てる。感心したようにぽつりと言った。
 「…そんなに似てるの」
 別に興味が沸いたとか、そんなんでもなかったけど。なんとなく呟いた。カメナシとかゆうやつに、俺はそんなに似てるのか。
 「似てるなんてもんじゃないよ!」
 瓜二つだよ!ウリフタツ!
 そのやや舌ったらずな口調は、カタカナを連想させた。興奮したぶんそれが余計に強調される。
 「アキヒコにも会わせてやりたいよーつーか、ふたり並べて見てみたい」
 宙を見る格好で、その情景を想像しているであろう目の前のアカニシは、うっとりという表現がぴったりな表情をしていた。なんかこいつ、ちょっとアヤシイ。もしかしてやばいやつに引っかかったのかな、俺。東京ってやっぱりこわい。
 俺、深川明彦は高校進学も決まり、おぼろげながら見えてきた自分の夢や進路に向けて、とりあえず野球用品を買いに都心まで足を伸ばしていた。地元でもよかったんだけど、それを口実にちょっとぶらついてみるのもいいかななんて軽い気持ちで。地元をぶらぶらしてると必ず誰か知ってるやつに出くわすし、そんなんじゃ落ち着いて買い物だって出来やしない。都心の方が絶対品揃えはいいんだし。だったら。
 それがろくな買い物もしないうちにこんなアヤシゲなやつに捕まってさ。ついてない。
 「同じ顔が並んでたって気持ち悪いだけじゃん…」
 ぽつりと洩れた呟きは、今度は聞こえたらしい。えーっ!そんなことないよ!好きな顔並んでたら嬉しいじゃん!宙に浮いてた目線を瞬時に戻して、真顔で迫られる。
 「好きな…?」
 「そ。俺ね、かめの顔好きなの。だからアキヒコの顔も好き」
 本人には言ってないんだけどね!言ったら調子乗られるし!なにが楽しいんだか、嬉しそうに笑う。かめの顔なら一日中見てても飽きないんだけどなあー。なのに折角のオフ、たまにはゆっくりしたいとか言い出してさ。俺と一緒だとゆっくり出来ないのかっつー話だよ。
 「確かにゆっくりは出来ないだろうなあ…」
 「え?なんか言った?」
 「別に…」
 俺、いつになったら開放されるんだろう。どんどん疲れてくる。
 「顔っていうかね、俺、かめが好きなの」
 これも本人には言えてないんだけどねー。近くにいすぎるとかえって言えないもんだよね。アキヒコには言えるのにね。
 「ふーん」
 聞いてもいないのにアレコレ勝手に告られて、俺もいつしかやつのペースに乗せられていたのかも知れない。男なのに男が好きなんだ。とは、思ったけど口には出なかった。それだけ目の前のアカニシがごくごく自然にトモダチであるカメナシを好きなんだと言ったから。まるで親友に、同じクラスの女の子が好きなんだとこっそり告白するみたいに。
 「告ったりしないの」
 そんなに好きなら告ればいいじゃん。言うとアカニシはそれが出来れば苦労しねーんだって、とちょっとだけ困った顔をした。ふーん。よくわかんないけど。
 「あんた結構いい男だし、言ってみなきゃわかんないじゃん」
 思ったことをそのまま言うと、随分と嬉しそうに笑った。
 「あーなんか、アキヒコにそう言われると自信出るー」
 「意外と気が小さいんだな」
 「恋する男はみんな小心者なんだよ」
 「ふーん」
 そこまで話して、ふと自分たちが歩道のど真ん中で向かい合って立ち話をしていたことに気がついた。狭くもない道だったけど、通行人が若干邪魔そうに俺たちを避けて通っていく。そういえば買い物の途中だった。忘れるところだった。
 「まあいいや。頑張んなよ。俺、もう行くね」
 今度こそすぐ近くのスポーツ用品店に行って、買うものを買って、見るものを見て。ちょっと喉が渇いたからそのへんのカフェで軽くお茶をしたらさっさと帰ろう。頭の中で今後の予定を修正して、既に野球用品に向かっていた俺の心をみたび呼び戻される。
 「待ってよ、アキヒコ」
 「なんだよ。俺、暇じゃないんだよ」
 「俺は暇なの」
 「そんなの知らないよ。俺は忙しいんだから」
 「うん。だからさ」
 アキヒコの用事に付き合うからさ。だから。
 「俺とデートしようよ」

 もう何度目か分からない、笑うと揺れる右目のほくろが、またゆるやかに揺れた。

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