a Day in Our Life


2002年02月22日(金) 木更津6話。(ぶっさんアニ)※いろんな意味で痛いのでご注意下さい。


 残り半年の命と期限のない普通の命には、違いはあるんだろうか。



 雨が降ってた。
 オジーが死んだ。
 ゴミの山に埋もれて、動かなくなってた。
 人が死ぬのを初めて見た。
 オジーはもう目を開けない。
 ビールも飲まない。
 目を線にして、笑わない。

 ひとが死ぬということ。
 その存在がなくなってしまうこと。
 消えてしまうこと。
 目の前にあるのはもうオジーじゃなくて、オジーのかたまりだった。


 …消える?


 俺はぶるりと身震いをした。
 雨はもう止んでいたけど、そこにいる誰もが水を被っていて、だけどそれを気にする様子は全くなかった。みんな固まってしまったように同じ姿勢のまま、一点を見つめている。
 警察が来て、野次馬が来た。身動きの取れない俺たちをよそに、キビキビと動いて状況を処理していく。ゴミの山から救出されたオジーが冷たい色のビニールに包まれて、見えなくなった。
 俺はまたぶるり、と身震いをする。
 さっきから止まらない震えを抑えたくて手をぎゅっ、と握り締めると余計にひどくなった。定まらない目線をゆっくりと動かすと、斜め前にぶっさんの頭と背中が目に入った。身じろぎすらしないで立ち尽くすぶっさんの、もうすっかり見慣れたスタジャンが目に入る。震える指を伸ばして、その、裾に触れた。
 厚い布の質感がして、そのゴワゴワした感触に安心する。軽く息を吐いて、もう一度ぶっさんの後ろ姿を見て。ふと気付く。
 ただ淡々とそこに立つぶっさんの体も、小さく震えていた。
 俺の震えとぶっさんの震えが交じり合って、この手の震えがどっちのものなのか、分からなくなった。
 
 ぶっさんが死んだら、俺はまた震えるのかな。

 ぼんやりと思った。
 だけどそのとき、俺の震えを誰が止めてくれるんだろう。







 また雨が降っていた。
 雨が降るのなんて、オジーが死んだ日以来じゃないか。思いながらマスターの店に足を運ぶ。なんだか久し振りな気がする。野球部の監督になったことで、忙しくなって、あんまり遊べなくなったから。暇じゃないのはいいけど、なんか寂しい。
 「あれ、ぶっさんひとり?マスターは?」
 店に入ると、ぶっさんが一人でビールを飲んでいた。俺に気が付いたぶっさんは勝手知ったる店の中、カウンターに入ってジョッキーにビールを注ぎ、ゴトリとテーブルに置いた。
 「セツコさんとこ」
 俺は留守番ってわけ。言って自分のビールを一口飲んだ。出産が近いセツコさんが入院して、マスターはキャッツアイの中で一番忙しい男になった。店をやって、閉店後家のことをして、日中は病院に行く。
 「え、でも今って面会時間じゃないんじゃん?」
 「産気付いたらしいぜ」
 「え、マジ!?」
 「さっき電話来てさ」
 「そうなんだ〜、遂に3人目かあ」
 「うん」
 21にしてマスターのところには、既にふたりのコドモがいる。これから生まれてくるのは3人目だ。
 生まれてくる命と、消えていく命。
 ふと、思った。
 「・・・・・」
 黙りこんだ店内、雨の音だけが聞こえる。
 俺のすぐ横にはぶっさんがいて、だけど近い将来、いなくなってしまうんだ。
 それは危惧じゃなくて、事実なんだ。思って、唐突にこわくなった。
 ぶるり、と身震いをする。
 「どした…?アニ」
 黙りこんだ俺に、ぶっさんが話し掛けてきた。低くて優しい声。ぶっさんの声が、俺は好きだった。なんか安心した。ぶっさんに「フラフラしてちゃダメだろ、」って優しく言われて(だけどぶっさんだって人のこと全然言えない)ちゃんとしなきゃ、って思った。…ちょっと待て、さっきからなんで俺、過去形なわけ?
 どんどんいやな考えになっていった。やだよもう、考えたくない。俺の頭はそんなに精巧じゃないから、たくさん考えるようには出来てないんだ。考えたくないけど、考えなくちゃいけない。だってぶっさんの命には限りがあるんだ。いつまでも俺や俺たちと一緒にはいてくれないんだ。

 …この楽園には期限があって。
 その期限はぶっさんが握ってる。
 
 やだよ、そんなの。……

 でもぶっさんには言えない。死なないでなんて言えない。言ってどうにかなるなら何度でも言うし、それでどうにか出来るならぶっさんだって、とっくになんとかしてるんだろう。
 命って、永遠じゃないんだ。
 当たり前のことが当たり前に悲しくなった。
 「…アニ?」
 どうした、とさっきよりもっと優しく言われる。泣きたくなった。
 「…ぶっさん」
 「ん」
 「お願いがあるんだけど」
 「なんだよ?」
 「うん、、、あのさ、」
 ぶっさん俺ね、ぶっさんのこと。
 「キスして?」

 ずっと好きだったんだ。

 「・・・はあ?」
 俺の言葉にぶっさんが驚いた顔をする。まあ、当然だよなあ。だけど口に出してしまった言葉を冗談にする余裕がなくて、笑えもしないで俺は俯いた。
 「ワガママとか言わないから、死なないでなんて言わないから、だから…、最後に。俺にキスして」
 思い出づくりとか、誓ってそうゆうんじゃないけど。
 ぶっさんとキスしたかった。
 ぶっさんにキスして欲しかった。
 そういうのは、おかしいのかなあ?
 「最後にって、なんだよ。人聞きの悪い」
 「うん、、、ごめん」
 「まるで明日にも俺が死ぬみたいじゃん」
 「ごめん」
 「アニ、」
 優しく呼ばれる。顔を上げると、ぶっさんの顔が近くにあった。
 キスってさ、いろいろあるけどさ。口の中犯すみたいにグチャグチャに舐め回すキスとかも好きなんだけどさ。俺、実は唇に触れるだけのキスがすげー好きなんだよね。なんか優しい感じがしない?
 ぶっさんの乾いた唇が、ゆっくりと俺の唇に触れた。
 ぷくりと軽く押し付けるみたいにぶっさんの薄い唇の感触がして、少しそのままでいた。それから何事もなかったみたいに、近づいたときと同じようにゆっくりと、唇が離れていく。
 キスなんて、自慢じゃないけどもう数え切れないほどして、そのひとつひとつなんて正直イチイチ覚えてない。覚えられない。だけど、
 俺はきっと、今日ぶっさんとしたこのキスだけは、忘れないだろうと思った。
 「満足した?」
 薄く笑ったぶっさんが、右手を上げて。俺の頬に触れた。ぐい、と軽く引っ張って、引いたぶっさんの人差し指に、透明の水滴。
 「うん、ごめん、、、、、」
 泣きたくなんてなかったのに、止められなくて。ぶっさんが拭ってくれたそばから、また新しい涙が流れる。
 「ごめん」
 困らせたくないんだ。
 らしくなくわがままを言って、泣いて。ぶっさんは困るに決まってる。こんなのは最後だから、もう、二度と言わないから。



 だからいまだけ。
 目を瞑って、ぶっさんの肩に凭れた。





■■■しぬということ。

死にネタはどうなのかなあ、、、と思うのですが。6話を見ていてですね、オジーの死を目の当たりにして、ぶっさんの斜め後ろにたったアニが、小刻みに震えているように見えたのですよ。おたくらしくそのピンク妄想に萌えて、そこから派生してこんな話に。オジーの葬式後にひとりキレて見せたアニは、本当は誰よりも集団の雰囲気を考えてると思うのですよ。ぶっさんのことも、他のメンバーのことも。だから一人よがりなワガママは言えないタイプだと思って。夢かも知れないですけど(笑)。そんなアニが一回だけわがままをぶつけてみせたら、きっとぶっさんはそれを受け入れてくれるだろうと。そんな壮大な夢です。ちなみに状況設定は100パー捏造で(当たり前だ)。知ってるだけの情報を駆使して、出来るだけ都合よくすすめてみました。スミマセン。いろんな意味でスミマセン。

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