a Day in Our Life
2002年02月14日(木) |
唇泥棒。(バレンタイン佐々木兄弟) |
2月14日。恒例のように、ずっしりと重い紙袋を提げて家に帰る。 自慢じゃないけど、俺はそこそこよくモテた。自慢じゃないけど顔の造作も悪くないし、野球も上手い。甲子園のエースだ。木更津の誇りだ。性格も…そこそこ女の子には優しい。優しくしてるつもりだった。 だから当然の結果なんだけど、そりゃあチョコレートを貰うのは嬉しいけど。だからってそれが全てじゃない。期待してるわけじゃない。別にわざわざ嫌われて回るわけでもないし、だけどチョコが欲しいかって言われたら、実のところそんなに欲しいわけじゃなかった。 ・・・なにを言っているんだか。結局のところ、どうでもいいんだ。 チョコレートの数も、中身も。女の子たちの気持ちも。 ベタな言い方をすると今の俺にとっては野球がコイビトだったし、当面彼女が欲しいとは思わなかった。そう言うとクラスメートやチームメートは顔を歪めて、純お前、ちょっとおかしいぜ、と心底不思議そうな顔をしたものだけれど。だって俺ら健康的な高校生男子だぜ?彼女も欲しいしヤりたいだろう?お前なら選び放題なのに、勿体ない。 俺はおかしいんだろうか。俺自身はそうは思わないけど。 だけどもし俺がおかしいんだとしたら、それは女に興味がないってことじゃなくて、むしろ。
「ただいまー」
放課後の練習を終えて、すっかり日も暮れて外は真っ暗で。やや疲れを感じる足を動かして玄関をくぐる。平日でも店はまだ営業中で、家はひっそりとしていた。だけど真っ暗ではなくて、奥の方にわずかな明かりと、TVかなんかの音が洩れていた。 「おー純、オカエリー」 ドアの隙間から兄貴が軽く顔を覗かせて笑う。今日は家にいるらしい。 「タダイマ」 それに応えて、部屋に入った。 そういえば家に帰って、両親からオカエリを貰うのは少なかったような気がする。いつもオカエリと言ってくれるのは兄貴だったし、俺がタダイマと言うのも兄貴だった。だから不思議と俺にとって兄貴が家で、兄貴がいると家に帰ったという気になるのだった。 どさり、と重質感のある音をたてて、紙袋を机に置く。その音を耳にして、兄貴がこちらを見遣った。 「すげえなあ純。今年も大漁?」 「まあね」 「なんだよ、相変わらずどうでもよさそうな顔しやがって」 カワイソウだなあ。オンナノコには優しくしろよ? 笑った兄貴が手にしていたのも、チョコには違いなかった。但しラッピングとか過包装とかには程遠い、そっけなく装飾されたコンビニチョコだったけれど。俺の目線に気が付いたのか、兄貴がまた笑う。苦笑いに近かった。 「あーコレはね、マスターに貰ったの(笑)。どうせアニは義理ひとつ貰えないんだろーとか言って。うるせーっつの。でもなあ、彼女もいねーし定職もねーしモー子は義理ひとつ寄越しやがらねーし、確かにマスターくらいしか俺、宛てないんだけどなー」 そんなことないよ、兄貴。 ごそりとポケットに手を突っ込んだ。そこにある固体の感触を確かめて、ゆっくりと取り出す。 「兄貴」 「ん」 ぽん、と放り投げた四角い包みを落とさずに受け止めた兄貴が、正体を知って笑った。 「なに、またコレ貰ったの?」 バナナ味のチョコレート。 いままで弟として、兄貴に贈られたさまざまなチョコレートを見てきた。甘いのや苦いの。ウィスキーの入ったのや、ケーキ仕様のものまで。 だけど、兄貴の嗜好は誰よりも俺が知ってる。 兄貴が一番喜ぶものを知ってる。 そんな自慢めいた自負があった。 ああ見えて兄貴はバナナが好きで、このメーカーの出してるバナナ味のチョコレートが好きだった。何年か前のバレンタインにたまたま俺が貰って来たのを口にして、ひどく喜んでいたのを今でも覚えている。 それからだ。毎年、俺から兄貴に。 貰ったと装って、このチョコレートを渡している。 実際本当に貰うこともあるし(結構人気なメーカーらしい)そうじゃなければ、女友達に頼んでまで。そうすることで、なにがどうなるわけでもないってことは分かってるんだけど。 ただ、兄貴が笑うから。 純に貰うチョコが一番嬉しいって言うから。 それだけのために。 それだけ言わせるために。
「サンキュ〜。純を好きな子は毎年、趣味がいいなあ」 何も知らない兄貴がうきうきと包みを開けるのを。 銀紙を剥いたチョコレートに齧り付く赤い唇を。 それらを見るのがただ、好きなだけだった。
■■■ハッピーバレンタイン。
あー…なんだろうこの話。 ツカモトがチョコバナナが好きらしいと聞いて、こうゆうのはどうだろうと思った話。思い描いたのは東○ばな奈のバナナチョコです(笑)。あんなのをバレンタインに渡す女の子はいないと思うけどまあ、義理ならあるいは。当人の食における嗜好を一番知ってるのって、やっぱり家族かなあと思うわけで。単純に一緒に食事をする回数が圧倒的に多いから。そういう変な見得(自負か、この場合は)のある純…ていうか、あたしの書く純は一種もうへんなこになってきている。ブラコンな妹って、こんな感じじゃないですか。いえ純は弟ですけど(笑)。
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