a Day in Our Life
1999年03月03日(水) |
0811(後徳福川) |
一人が好きな福田は、誕生日ももちろん一人だった。
だって、人と居るのは面倒くさい。それに自分の飲み方が他人に若干害になる(若干じゃないかも知れないけれど)のも自覚していたから、他人に迷惑をかけるよりは、一人で飲んだほうが間違いがないと思うのだ。一人ならいくら悪態をついても、泣き言を言っても、…例え実際に泣いたとしても。誰に見咎められる事もない。 だから今も、まだ引っ越しそびれている大阪の自宅で誕生祝いと洒落込んでいた。 その事を寂しいとは思わない。それは見栄でも強がりでもなく、そうは思わない。だいたい、正月だって一人でおせちを食べる自分が、誕生日に一人だからって、何を寂しいと思うのか。そんなに嬉しくもない年齢に差し掛かった自分の生誕の日を、自らでささやかに祝うだけでいいと思うのだ。 それに実際、祝ってくれる人がいない訳ではない。後輩はもちろん、先輩からもいくつかメールや電話を貰った。仕事場ではスタッフから祝いの言葉やプレゼントを貰った。福田の人柄を知っているせいか、その殆どは酒だったりそのツマミだったりしたけれど。 そういえば、と思う。相方である徳井からは、何も言われてないし、ましてや貰ってもいないな、と思い当った。 人生の半分どころか大半を共に過ごしたとなれば、たいていの事はしてしまっていて、今さら誕生日なんて、と思うのかも知れない。実際の福田自身も徳井の誕生日だからって特別何かした覚えもここ数年はなかったからお相子だろうと思う。それでもその日が「誕生日」である事は意識するし、実際に心から目出度いと思うのに。 「何やアイツ、愛想ないのう…」 しょーもない、と一つ毒づいてもうその事を忘れた福田は、皿の上に少なくなったつまみに気が付いて、何か作り足そうかとふらつきながら立ち上がる。怪しい足取りでキッチンへと向かうまでに、無造作に置かれた目覚まし時計がまだ12時にもなっていない事には、福田は全く気に留めていなかった。それでもバラエティ番組の下ネタの割合が増えるくらいには、夜も更けてきていたその時間に、鳴るはずのないチャイムが鳴ったのだった。 酔った耳には空耳とも思えたので、福田は聞こえない振りをしようと本気で思っていた。聞き間違いでなくとも、こんな時間の訪問者など歓迎出来ないに決まっている。どうして誕生日くらい、一人で気楽に飲ませてくれないのか。 しかし、福田の思いを知ってか知らずか、幻聴ではない何度目かのチャイムと共にやや性急に、けれど時間を慮って控えめなノックの音がして、それから声がした。 「すみませーん、宅急便です」 「………」 福田は盛大に一つ、ため息を吐く。それだけでドアの向こうに誰がいるのか理解した福田は、居留守が使えない事を酔った頭でぼんやりと悟る。そう、案外こいつはしつこいのだ。福田が完全に寝てしまわなければ、ドアを開けるまで延々とチャイムを鳴らし続けかねない。 のろのろと鍵穴を回し、のろのろとドアを開ける。ガチャ、と金属質な音を立てて重いドアの向こうに、にこやかな笑みがあった。 「色々間に合ってますけど?」 「あれ福田さん、驚かないんすね」 「そんなええ声のセールスドライバーがおるか」 呆れ顔の福田に、人好きのする笑みを浮かべた川島が、おかしそうにまた笑う。そのまま、さりげない動きでするりと家の中に入ってしまった。そうなると酔っている福田では(そうでなくとも恐らくは体格差で)追い出す事は不可能で、福田はもう、諦めてリビングに向かって歩き出す。ふらふらと蛇行する福田の後から、川島も付いてきた。 「福田さん今日、誕生日でしょ。そろそろ酒足らんの違うかなー思って、わざわざ持ってきたんですよ」 川島が手にした袋の中には、缶ビールに焼酎、ワインに日本酒、はしたないほど拘りのない酒の数々。むしろそれらを全部飲んだらちゃんぽん状態でより一層悪酔いしそうだと思った。むしろ川島は、わざとそうしたのじゃないかと勘ぐるほど。 グラスを手に、黙ってじっ、と川島を見た福田を受けて、川島は今度は少し、人の悪い笑い顔になる。酔うてる時の方が、動物的になるんかな、本能なんかな、とぶつぶつと呟く。 「勘いいですね。ご名答です。わざとです」 酔い潰れさせたろ思って、こんなチョイスしてみたんですけど、気に入って貰えました?と問えば、もう何でもいい、と福田は日本酒の瓶を掴んで引き寄せた。そんな扱いを受けても一応、客として招き入れた川島のグラスがない事に気が付いて、またふらりと立ち上がって取って来る。無言でテーブルに置くともう、黙って手勺で飲み始めた。 そんな福田の赤い頬を肴に、川島も飲もうと思う。勝手に冷蔵庫から冷えたビールを取り出して、グラスに注いだ。 何だかこの人は、おめでとうとか祝うとか、そういうものとかけ離れたような気がしたから。 大学生か、と揶揄されるほど芸人としては普通すぎる福田は、けれど人間としては、随分と淡白に思えた。男30歳にして性欲も枯れ果てたと言い、彼女もいなければ作る気もないと言う。それをリアルゲイだとからかわれたりもするのだけれど、実際の彼が何を考えているのかなんて、川島には思いもよらない。 だから気になって、気を惹いてみたくて、好きなのか嫌いなのか、執着か軽蔑か。 正直、川島にも分からない。それでも今日、彼の誕生日を意識して、わざわざ何かをしようと行動に移したのは事実だった。 それ以上は今は、どうでもいいと思う。尊敬に値しない先輩が絡んできたら、相手になってやろうと思う。泣き出したら、優しく抱きしめてやろうと思う。無様に酔い潰れたら、甲斐甲斐しく介抱してやろうと思う。 自分が福田を好きならもう、それでもいいとすら思う。
川島がそんな想いを馳せていた時、不意に携帯が鳴り出した。一瞬自分のかと思った川島は、その音に聞き覚えがないと知る。 「福田さん。携帯鳴ってますよ」 かなり酔いが回っているらしい福田が、まるで気付いていない風なので、近くに放られたままの携帯を片手で拾い上げる。福田に手渡す瞬間に、見るともなしに小窓に表示された相手の名前を見てしまった。 ”徳井くん” 幼馴染だと言うのに何故か他人行儀に互いを「くん」付けで呼び合う彼らは、川島の理解を越えていた。携帯にまで律儀に「くん」付けで登録したらしい福田あてに、まさに今日というタイミングで相方から電話がかかってくる奇跡。 「もぉしもし?」 徳井だと意識したのかしないのか、無造作に着信ボタンを押して通話を始めた福田の耳越しに、かすかに徳井の声が聞こえる。川島は、自分でも気付かないうちに隣の福田との距離を縮めて、聞き耳を立てる。 『もしもし、福田くん?』 「おー徳井くんやんかぁ。3時間ぶりやなぁ。どないしたん?」 『どないもこないも、福田くん今日、誕生日やろ?』 電波が悪い事を差し引いても、聞こえてくる徳井の声は、福田に負けず劣らず酒に焼けているような気がした。その後ろでは茶化すようなダミ声がして、あれ、後藤さんかな、と川島は考えた。 「そんなんでわざわざ電話してきたんかー。会うてる時に言えばええやん」 答える福田の声はけれど、分かりやすく弾んでいて、嬉しいのだろうに面倒くさいな、と川島は内心で毒づく。 『えーっだって、恥ずかしいやん!電話くらいでしかよう言わん』 と、声を大にした徳井の様子だって目に浮かぶようで、要するに徳井は徳井で、おめでとうは言いたいけれど、酒の力でも借りなければ言えそうになくて、しかも一人ではどだい無理、だから先輩である後藤宅を襲撃して、今に至るのだろうと想像した。 「うわーもう、ごっつい面倒臭い…」 「うるさい川島!聞こえへんやんけ!」 思わずひとりごちた川島に向かって、瞬時に福田の苦情がやって来る。いまや耳と耳をくっつけんばかりの勢いで密着してるからとはいえ、その福田自身の声が一番うるさいと川島は思う。 『え、川島おんの?』 一瞬、徳井の声が挫けた、気がした。 あれっと思った川島をよそに、けれどすぐに立ち直ったらしい酔っ払い徳井は、まぁええわ、と一呼吸置いて。 『ふくだくん、ふくっち。ふくー』 「…何やねん」 恥ずかしい呼び方すんなや!と酒のせいじゃない頬を赤くした福田に、一番恥ずかしい呼び声が届く。 『ふくちゃん』 「……何」 『たんじょうびおめでとうな』 ほんまにおめでとう、ほんまにめでたい思うねん、と繰り返す徳井に、福田のちいさい声は届いたのか、どうか。 「…ありがとお」 その乙女のような声色と表情を、惚けるように見つめてしまった川島の心境の変化は、また別の話(笑)
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2007/08/11
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