a Day in Our Life
「福田を花束にして、どないするつもりなん?」
問うた言葉にきょとん、と目を丸くした徳井は、薄っすら笑ったようにも見えた。 「そら、花やもん。きれーな花瓶買うてきて飾るわ」 何を当たり前の事を聞くのだ、とそんな雰囲気で、徳井はご丁寧にもこんな感じのガラスのやつ、と説明を加えた。きらきらと輝くクリスタルの花瓶に生けられて、福田もきっと喜ぶだろう、と言う。 問いの趣旨はそうではなかったのだけれど、徳井が意図的に話を摩り替えたのか、それとも大真面目に読み違えたのかは分かりかねた。コンビとしての相方であった福田を、花束に変えてしまったのは何故なのかと聞きたかったのだが、目の前の徳井は、およそその答えからほど遠いところに立っていた。 なぁ見て、きれーやろ、と、福田の花束を大事そうに抱えた徳井は笑っていたのだった。ふくにはピンクが似合うと思てん、と一生懸命選んだらしい包装紙を指でなぞりながら、うっとりと目を細める。ほのかに甘い香りを漂わせながら、そんな徳井の指の動きに合わせて福田がゆらりと揺れれば、それすらもかわいいのだと、徳井は満足げに微笑んだ。 「花瓶に生けて、部屋に飾るん?」 「そう。毎日水を替えて」 徳井の雑然とした部屋の中に、シンプルな花瓶に生けられた、華奢な福田の姿を想像した。 それはそれで、いいのかも知れない。生活感はあってもどこか空々しい徳井の部屋には、花くらいあった方が人間らしくなるに違いない。いつか訪れた徳井の部屋は、贅沢な間取りにお洒落な雑貨や、趣味だという家電がたくさん置かれていたけれど、それらに囲まれながらも徳井の本質がまるで見えてこなかった。物は溢れているのに、徳井自身はまるで満たされていない。そんな印象を受けたのだ。 だから、せめて福田がいれば、あの部屋にも室温が戻るかも知れないと、一瞬でも思ってしまった。 「活性剤もあげて長生きさせてあげんと」 それでも、いつか福田は枯れるのだろう。 ある日、床に落ちた福田を一枚一枚拾い上げて、徳井は泣くだろうか。それとも笑うのだろうか。そんな事を考えた。 まだ朽ちる手前のきれいな花弁を手のひらに乗せた徳井は、それをポプリにするかも知れない。人工の香りを後から後から足して、まるで福田がまだ生きていると思い込もうとするかも知れない。 それとも、一番きれいな花弁を一枚、栞にして持ち歩くだろうか。けれど初めは鮮やかなその花弁は、日毎に色褪せていくのだろう。 福田を失った徳井は、けれどそうする事で、福田を永遠に手に入れるのかも知れない。 なまじ付き合いが長すぎたばっかりに、なまじ覚醒するのが少し遅れたばっかりに。気が付いた時には手遅れだった。一度動き始めた歯車は、とうとう噛み合うことがなかったのだと言った。福田に先に彼女が出来て、赤裸々に語られる彼と彼女の関係過程を聞きながら、徳井はそのどろどろした感情が嫉妬なのだと気が付いて、愕然としたに違いない。取り繕うように自分も彼女を作ってみても、それが偽者だと知っていた。それでも本物に触れる事は出来なかったから、目を背けて誤魔化して、忘れる刺激を求めるうち、いつしか変質的な嗜好に傾倒して行った。今や徳井のアイデンティティにもなったエロキャラの陰で、本来の彼は、初心で一途で小心な男だったのだ。 ただ一人の特別を抱けない代わりに、徳井が抱いてきた全ては虚構でしかなくて、だから、自らの手の中で福田を失う事で、真実を手に入れようとしたのかも知れない。 福田をとても好きだという真実。 もう触れられないそれを、一生抱いていくという現実。
今、手の中に福田を抱えた徳井はとても幸福そうな顔をしていたから、それはそれでいいのかも知れない、と後藤は思った。
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2007/8/02
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