a Day in Our Life
まるで隠れん坊をしているみたいだ。 見つかりたくない。見つかりたい。……早く見つけて。 子供の頃よくした矛盾しきった遊びに思いを馳せて、現実から逃避しようとした福田の手に微かにかかる負荷。
「逃げないで」 繕うことのない生のままの徳井の言葉が福田の耳朶を打つ。 福田は何もいえなかった。こんな至近距離では聞こえないふりでやり過ごすこともできない。 「頼むから、そばにおれよ」 お願いやから、と捉まれる手の力が強くなる。縋られていると思った。何でこんな急にだとか、徳井らしくないだとか、色々なことが頭の中でぐるぐるする。そのとき不意に浮かんだのは徳井とは違う体温の掌だった。体の割りに大きな川島のてのひら。 「ずっとおったやんか。これからもおるよ」 ようやく返した言葉は、緊張のせいか口がカラカラになって、情けないほど掠れていた。徳井の顔がくしゃりと歪められる。今度こそ泣くんだと身構えれば、徳井は視線を逸らして黙り込む。その先にあるのは川島の腕時計だった。釣られてそこを見れば、対向車のライトが文字盤に反射して、また少し時が進んだことを福田に教えてくれる。 「……うそつき」 「とくいくん?」 徳井の指が意思を持って腕時計に触れる。外されるんだと気づいたとき、福田は反射的にその手を振り払っていた。自分のとった行動が信じられず呆然とする福田を、徳井はひどく昏い静かな目で見ていた。感情が死んでしまったかのような無表情。代わりにその整った顔に浮かぶのは圧倒的な虚無。 せめてもと左手を腕時計ごと押さえれば、徳井の指がそこに伸ばされる。熱を持った指先がこじ開けるように動くのを他人事のように哂うと、徳井は器用に止め具を外してしまう。 「やめろや。お願いやから、やめて」 いっそ優しげに微笑ってみせると、福田の口元が戦慄く。
ふくだ、と呼ばれた名前は断罪するような響きに満ちていた。
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後藤は一人眠れない夜を過ごしていた。
アルコールのせいで鈍った思考回路は埒も明かないことばかり追ってしまう。徳井のこと。福田のこと。川島のこと。 人を好きになる。それだけのことなのに何でこんなにも難しいのだろう。 後藤自身、愛だとか恋だとか語れるほど経験値が高いわけでもないのに、現在進行形でどつぼに嵌っているあの二人の、いや三人の関係に首を突っ込んで。何がしたいのか分からないといいながら、本当は薄々気づいていた。徳井のどこか不安定な魂にどうしようもなく惹かれていることに。それは恋でも愛でもないのかもしれない。だからといって同情や憐憫で面倒を見るほど後藤はお人好しな人間ではないつもりだったから。 後藤がした行為は小さな親切大きなお世話を地で行ったのかもしれない。それでもかまわなかった。このまま静かに歪んでいく徳井を見ているだけなのは耐えられなかったのだから。 そして硬直しきった二人の関係を、後藤の手で変えることが出来ないのなら、川島の手を借りるだけだ。 まっすぐに福田のことが好きだと笑った川島なら大丈夫、と直感的に感じた。今はまだ混乱もしているようだったけれど、きっと乗り切っていくのだろうと素直に思えた。少なくとも川島は目をそらしていなかったから。誤魔化すことをせず福田と向き合っている限りはきっと大丈夫だと。 「ほんまに世話の焼けるやつらやのう」 ふっと口元を歪ませて、後藤は静かに笑った。
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kaleidoscope【34】 2007/09/24 Kanata Akakura
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