a Day in Our Life


1999年01月26日(火) 026:朝涼



抱き合って眠った翌朝というのは、こんなに照れるものだっただろうか。
起き抜けのぼんやりとした頭で福田は考える。遠い昔、同棲していた彼女との朝はもっとあっさりとしていた気がするし、もっと淡々としていた。そのせいで彼女と喧嘩別れしたことさえあったというのに。それとも相手が他ならぬ川島だからだろうか。うっかりアラームよりも川島より早く目を覚ました福田は、川島の腕の中でつらつらとそんなことを思う。意志の強さを表すきりりとした眉も、意外と長い睫毛も、福田の欲しい言葉をくれる大きな口も、今は無防備な表情で。川島を起こさないよう、そっと腕の中から抜け出そうとして、失敗した。福田が川島の背中からそろそろと腕を外した途端、川島の双眼がゆっくりと開かれる。
「ふくださん」
「すまん、起こした?」
「いえ、おはようございます」
「ん。おはよ」
くあっと大欠伸をかまして、ゆるゆるとした笑みを口元に浮かべる川島に福田も小さく笑う。
「川島、寝癖ついてんで?」
もふっとした寝癖に手をやれば、川島は少しだけ情けない表情を浮かべる。それが妙に可笑しくて笑いの止まらなくなった福田をあやすよう、川島も福田の髪をすく。その感触が気持ちよくて目を細める福田に川島も穏やかに笑った。

ふわふわとした心持で起き上がれば、起床予定時刻よりも30分も早い。
てきぱきと身支度を始めた福田にならい、川島もこまごまと動き出す。
「福田さん、今日は大阪でしたよね」
「せやねん」
自分でも気が付かないくらいの影を滲ませた福田に気付いて、川島はことさら明るい声を出して福田の頭をぽんぽんと叩く。
「俺と離れるの寂しいですか? 俺はめっちゃ寂しいです」
「あほか」
赤く染まっていく頬を押さえながら憎まれ口を叩くくせに、福田は川島のしたいようにさせてくれる。そんな些細なことさえ川島の心を充たすのだと福田は気付いているのだろうか。
「土産、なんか買うてくるわ」
そっぽ向いたままポツリとつぶやいた福田を川島はそっと抱きしめた。

***

ロケバスの中、後藤はポケットから携帯を取り出すとメール画面を呼びし、用件のみのシンプルなメールを送信する。
勘のよい川島はきっと後藤の誘いに込められた意味に気付くだろう。そしてスケジュールが合う限り断ることもないはずだ。
まだ結構早い時間だったし、すぐに返事が来るとは期待していなかったから、無造作に鞄に放り込む。その拍子に入り口に引っかかったストラップがブレスレットを連想させた。

後藤の接近にも気付かないほど深い眠りについている徳井の左手に、全神経を集中して手を伸ばす。ブレスレットは、呆気ないほど簡単に外れた。
後藤の目には手枷のようにも映っていたそれは、手にしてみれば実際ただのブレスレットでしかない。
真夜中というのは人をセンチメンタルにさせるものなのだろうか、それでもそのときは、外れたことで何かが変わればいいと祈るような気持ちだったのを覚えている。

物思いに沈みかけた後藤を現実に引き戻すように携帯が震えだす。
まさかと思いつつ携帯を開けば、川島からの返信メールだった。後藤が送ったものと同様、素っ気無い用件だけのメール。
だがそれで充分だった。

「ごとう、こわいかおしてんで」
隣に座っていた岩尾の声で顔を上げれば窓に映る自分が目に入る。
隠し切れない疲れを滲ませて、眉間に皺を寄せた、年齢よりも老け込んだ姿。
「悪かったな、地顔じゃ」
「せやったらええねんけど。煙草吸えば?」
「否定せぇや、あほ」
独特ののんびりした口調にイライラすることもあるけれど、今はなんだかほっとした。



***



kaleidoscope【26】
2007/09/11 Kanata Akakura

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