a Day in Our Life
フクダミツノリという人は、つくづく矛盾に満ちた生き物だとおもう。 プライドは高いくせに自己評価は極端なほど低いし、真面目で安定志向なのかと思いきや、刹那的で破滅型。楽天家と思わせてネガティブだし、寂しがりやなのに一人が好きだ。 普通に見えてその実複雑極まりない福田という人間のすべてを知ることは難しい。 福田の隣でずっと歩いてきた徳井のようには出来ないかもしれない。それでもいいと思った。 川島は徳井のように福田を愛したいわけではないのだから。見えない糸で雁字搦めにして、その場から動けなくなるようなやり方を愛情と呼びたくなかった。 それでも。蕩けそうな笑顔がだんだん歪んでいくのに耐え切れず、川島はそっと福田を抱きしめる。 「ごめん、ごめんな」 「ええよ。いまはいっぱい甘えてください。ほんで、ゆっくりでええから俺のこと好きになって」 腕の中の福田がどうしようもなく愛しくて、今度は川島のほうからその薄い唇に触れる。何度も何度も啄むように口惚ければ、福田の腕が川島の背中に回される。 どこか頼りないその動きにすら心を揺さぶられているなんて、きっと福田は知らない。 回した腕のブレスの金具が川島の背中に当たった。ぎくりと動きを止めた川島の腕の中から福田は抜け出す。 「福田さん?」 「外して貰てもええか?」 ほんの少し、思いつめたような眼差しとぶつかる。ブレスレットを外すだけにしてはやけに緊張しているようだった。 頼む、と繰り返す福田に異を唱えるつもりなど、この状況の川島の選択肢の中にはない。かちりと微かな音をたてて外れるブレスレット。 ここ数年、福田が自発的にはずすことのなかったそれがなくなったことで実感以上に軽くなった左手首。薄くなった痕がなんだか嬉しくて、少しだけ寂しかった。 「ふくださん」 「ありがとな。今日はずっとこうしとって、ええ?」 改めて川島の背中に腕を回せば、川島は黙って抱きしめ返してくれる。 自分のものではない、徳井のものでもない。誰のものでもない川島の体温が今の福田のすべてだった。
あぁ、このまま朝が来なければいいのに。
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今度こそ、徳井は本当に眠ったようだった。 自分は床に毛布を敷いて眠るからベッドを使えと言い張った徳井に後藤が勝てるはずもなく、ほとんど使った形跡のないそこに身を横たえる。 寝付けず何度も寝返りを打つ後藤とは対照的に、疲れとアルコールのせいか徳井はすぐに眠りに落ちていった。 徳井の規則正しい寝息と、キッチンの冷蔵庫の稼動する音。冴えていく一方の頭。寝返りを打った拍子に見えた徳井の寝顔は、起きているときよりも幾分幼くて、初めて徳井と出会ったときを思い出した。
今でこそ人との交流が苦ではない程度の社交性を身につけた後藤だったが、養成所へ入った当時は人の後ろで隠れていたいタイプだった。 誰にも負けへん、という負けん気で飛び込んだ世界で、早くも周りの才能に圧倒されていたあの頃。 半年違いの先輩たちとの差でさえひどく大きく感じ自信をなくしていた。 それは後藤と同期で入った人間も同様だったようで、入って早々退学していった生徒も多かった。 そんな中、後藤は綺麗な顔をしているくせにほそぼそとシュールなネタばかり見せていた徳井に親近感を覚えていた。 それは徳井も同様だったようですぐに仲良くなった。 きっと、良いライバルになれるのだと思っていたのに、卒業後、徳井はこの世界から姿を消した。そのときの喪失感を後藤は今でも覚えている。 そして何事もなかったかのようにこの世界に復帰した徳井の隣には、昔からのツレだという福田の姿があった。 端から見ていてもわかるくらいぴたりとはまっていて、あぁ、良いコンビだな、と思ったのに。
「ほんまにお前は、福田をどうしたいんやろうな」 (そして俺は徳井をどうしたいんやろう)
後藤のつぶやきは誰にも聞かれないまま消えていった。
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kaleidoscope【24】 2007/09/09 Kanata Akakura
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