a Day in Our Life


1999年01月22日(金) 022:狭間



福田をどうしたいか、なんて、教えて貰いたいくらいなのに。
幼馴染で、親友で、ただ笑いあっていただけの頃にはもう戻れない。相方という、これ以上ないくらい確かな形に収まってからは特に。
福田への想いが、ただ好きだとか一緒にいたいとか、そういう単純で純粋な感情でないことは確かだった。
本当に自分は福田をどうしたいのだろう。とっくに出ている答えから目を逸らして徳井は自問する。

そしてどんなに逃げても現実というのはどこまで行っても追ってくるものらしい。
目を開けても後藤はいなくならなかったし、時計の針は少しも進んでいない。徳井は左手のブレスレットを押さえてゆっくり数を数える。
ここはステージの、板の上だ。そう自分に暗示をかけて、いち、に、さん、と数えてから出した声は陽気な酔っ払いの声。振り返った自分は果たして笑えていたのだろうか。
「なんや、修学旅行の真似か?」
「真似でもええから、教えてくれ」
失敗した、と思った。振り向かなければよかったとも。
冗談にしてしまおうとした徳井を、だが後藤は許さなかった。徳井を見据える瞳は不思議なくらい凪いでいた。

暫くのあいだ、徳井が答えるのを待っていたが、いつまでも返ってこないことで諦めたように溜め息をつく。
そして徳井に背を向けると、鞄を探り始める。
「明日の現場、この部屋から行った方が近いねん。悪いけど泊まらせてもらうわ」
徳井が黙ったままなのを肯定と受け取り、後藤はさっさとアラームのセットを始める。
「徳井、明日何時に起きんねん」
「七時」
「ほな起こしたるわ。さっきの答えは宿題にしたるから」
「……ありがとう」
何に対するありがとうなのか。聞きたいことはまだたくさんあったけど、後藤は聞かずに小さく頷いた。


***
**


部屋について福田をおろした途端、スースーする背中。そこにあった重みと温もりが消えたことを川島は内心寂しく思う。
「川島、ありがとうな。疲れたやろ」
ふわりと微笑った福田の、綺麗な手が川島の背中を擦る。男らしく骨ばっている反面、華奢な指が、背中を揉み解すように動く。
「福田さん?」
「お礼にマッサージしたるわ」
ほれ、ベッドに寝っ転がって、と押す勢いに負けて、川島が横になれば福田の楽しそうな顔。
まさかの展開に困惑したような川島を制して、福田はゆっくり揉み解していく。あんま上手ないんやけど、ごめんなんてことを言いながらもどこか手馴れた動き。
「学生時代、ようしたったんよ。運動部をなめたらあかんで」
「……っ、高校時代は帰宅部やったんと違うんですか?」
誰に、とは聞かなくても分かった。あの人で間違いがないだろう。敢えてそのことには触れず又聞きの知識で問えば、福田はよう知ってるなぁと苦笑する。
ぐぐっと力を込めて背中を押せば、川島の背骨がぽきりと音をたてる。
「中学時代テニス部やってん。顧問のセンセがうまかったんや。ほんで、教えて貰うて」
「きもちええ……」
「ほんまに?ありがとぉなぁ」
福田の嬉しそうに弾んだ声に川島の頬も緩んだ。
「ありがとうございました。気持ちよかったです。ほな、交代しましょうか」
「えー、いや、おれはええよ」
「まま、ええからええから」
自分のほうへ引っ張ったことで体勢の崩れた福田を笑いながらホールドすれば、福田と目があい、鼓動が音をたてる。
まるで、組み敷いているかのような体勢だと気付いた川島は、慌てて離れようとした。
だがそれは適わなかった。福田の手が川島の手首をしっかり掴んだからだ。
振り払えば払えるくらいの力で福田は川島の手を掴む。どこか遠慮がちな、迷いのある掴み方。

「迷惑ばかりかけて、ごめんな」

今、福田の瞳に映っているのは川島だけだった。
ほとんど衝動的に、吸い寄せられるように瞼に口惚ければ、僅かに身じろぐ薄い体。
「迷惑なんかやないねん。ごめんなんて言わんといてください」
福田のため、なんて言いながら結局自分本位な行動をとってしまったことに、唯一自慢の美声が情けないほど震えていることに、川島は哂った。



***



kaleidoscope【22】
2007/09/07 Kanata Akakura

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