a Day in Our Life


1999年01月19日(火) 019:相方



 「これはどういう事なん」

 個室に通じる襖を開けて、現状を見た途端、川島はそう問うて田村を見た。
 ロケで遅くなるかと思っていた福田は、案外早くにその仕事を終えたらしい。田村から連絡が入った時点で時計はまだまだ今日のうちだったし、いつ帰ってくるか分からない福田を待って、川島は晩飯をどうしようか、とそんな事を考えていたのだ。
 「いや、ココ予約しとったんやけどツレにドタキャンされてもうてやぁ、ほんで福田さんの事思い出して、快気祝いを兼ねて誘てんけど」
 何だか言い訳じみている、と自分で思いながら田村が川島の顔色を伺えば、川島は戸惑っているとも呆れているとも取れた。少なくとも怒ってはいないようだと内心で安心をして、それからもう少し突っ込んだフォローに走る。
 「福田さんも急に誘たから驚かはったと思うんやけど、一応病み上がりやからー言うてちょっとしか飲んではらへんかってんで」
 それが、川島が来る、言うた途端に眠なりはって。
 「え、」
 田村の言葉に一瞬、川島は大きく瞬きをする。
 「何でやろ?急にやねん。さいわい個室やったしちょう横になったらどうですか、来たら起こしますよー言うたはええけど、ホンマにぐっすり寝てしまいはって」
 で、今に至んねん、と田村は言って、視線をテーブルに戻した。
 話が落ち着いた所で、やっと川島はその場に突っ立ったままの自分に気が付いて、田村の向かい側、つまり福田の隣に腰を下ろす。位置を直す振りをして福田を見れば、田村の言う通り、ぐっすり眠っているらしい福田の寝顔。一昨日から、この顔ばかり見ていると思った川島は、ふと予感めいたものを感じた。
 まさか本当に、この眠りは自分が引き金になったのではないだろうか。
 少し前、何かの話のついでに(又聞きだったかも知れない)最近あまり眠れないのだと福田は言っていた。思えば色々と、思い煩う事もあったのかも知れない。それが体調を崩した原因でもあったと思えるけれど、結果その事がきっかけで、川島は側にいて、福田の寝顔を二日とも見ている。
 安心を、されているのかも知れない。
 それが本当ならば、喜びでもあった。川島、の単語が引き金で福田に眠りを誘ったのなら、それほど福田の中でもう、川島が根付いているという事だった。まるで起きる様子もない福田を見、川島は素直に喜んでもいいものか、複雑な気持ちを抱える。
 「何かあったん?」
 福田さんと、という言葉はさすがに飲み込んだ。机を挟んで、差し向かいで川島を見た田村は、珍しく大真面目な顔をしていた。
 「…その前に俺も飲んでええか」
 飲まずにはやっていけない話だと思った。これからたぶん、自分が田村に話そうとしている事は。言うつもりはなかったと言えばなかったし、あったと言えばあったような気もする。田村は今、聞いてくれそうな気がした。
 「ビールでええか?頼むで」
 呼び出しのベルを押しかけた田村を制して、手前のジョッキに触れる。
 「いや、とりあえずこれでええわ」 
 「それ福田さんの飲み残しやで。もぅぬるぬるなってるんちゃうん」
 「ええねん、」
 ぐい、と一気に空けたビールは、田村の言うように随分温く、気も抜けてしまっていたけれど、どのみち今は味わっている気分でもなかったから同じだった。ごと、とジョッキを置いて、田村を見た。
 「お前は、何か気付いとるん」
 質問に質問を返す形でまずは田村の様子を見る。こんなにじっと相手の顔を見るのは、漫才でもあまりないと川島は思った。視線が居づらいという事もなく、川島の視線をぐっと受け止めた田村は、小さな目を揺らして川島を見据える。
 「かわしま、福田さんのこと好きやろ」
 そうやろ?と田村の目線が聞いてくる。駆け引きもまるでない、田村らしいいきなりの先制パンチに川島は僅か苦笑する。
 「…知ってたんか」
 川島は少しだけ、意外だった。この想いは川島の中でも持て余していたものだったし、田村とそういう話をした覚えもない。それでなくとも人より少し、感情のひだのずれている相方に、よりによって気付かれていたとは思っていなかった。
 けれど少し笑ってみせた田村は、
 「分かるよ、おまえの事は」
 さらりとそう言ってのけたので、川島は一瞬、言葉を失くしてしまう。壮絶な少年期を送ったせいか、もともとの気質もあるのかも知れない、人が良い割に本人の感情表現は案外薄い田村は、自分の事以上に、他人の感情の動きに疎いと思っていたのだ。
 実際、それ自体は間違ってはいない、田村の性質だと思っている。ある種、何かが欠落している田村は、だからこその大器を備えている。けれど今回、いつになく鋭い田村はだから、こと「相方の事」だから分かると言うのだ。
 どんだけ一緒におる思ってんねん、と言った田村を、川島は少し、眩しく見てしまう。自分達を少しだけ見くびっていたかも知れなかった。相手を思いやればそれだけで、見え難いものだって見る事が出来るのかも知れない。
 それが愛情なのだ、とも。
 「な、かぁしま?」
 舌っ足らずな田村が独特の言い回しで自分を呼ぶのを、川島は嫌いではなかった。むしろ血と肉の通うような、リアルな温かさがあった。だからその温もりに背中を押されるように、
 「福田さんな。今、俺んとこおんねん」

 長い話を、出来そうだと思った。



***



kaleidoscope【19】
2007/09/06 Toshimi Matsushita

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