a Day in Our Life
星の光が月の光のように光る夜だった。 普段なら人工的なネオンの明かりに紛れて見えない星が、個々の存在を主張するかのようにひかり、後藤の足元を照らす。
珍しく酔いつぶれるところまでいった徳井を背に、後藤はタクシーを拾おうと大通りに向かって歩き出す。 泥酔状態の徳井と比べ、ほろ酔いにもいかない後藤はだいぶ冷静だった。 背中から伝わってくる熱はアルコールのせいでいつもよりも高く、後藤の鼓動は小さく高鳴る。 体格の違いのせいで、さすがに徳井を負ぶさることは出来なかったが、ずるずると引きずるように歩いているわりには足取りも確かだった。 そんな後藤の長く伸びた影の先、向こう側から歩いてくる人影は自分と同じように酔っ払いを担いでゆっくりと歩いてきた。 ぶつからないよう端に寄れば、人影はどこか刺々しい視線を投げかけてくる。正確にいえば後藤の背中に向けて投げかけられる視線。 「……後藤さん?」 「川島かぁ。なんや、この辺で飲んでたんか」 「いえ、や、そうですけど」 困惑したように微妙な訂正を入れると、ずり落ちてきた酔っ払いを背負い直す。おかげで隠れていた酔っ払いの顔が見えた。その人物の正体に因縁めいたものを感じて思わず苦笑する。 川島が背負っているのは間違うことなく福田で、気持ち良さそうに寝こけていた。酔っ払うと記憶をなくすことの多い福田だから、今の状況を知ったら驚くだろう。 後藤からしてみても、正直、会いたくなかった。少なくとも今、この状況では。徳井にまともな意識がないことだけが救いで。 「また珍しい組み合わせやなぁ」 「たまたまですよ。立ち飲み屋で酔いつぶれてはったんで回収してきました」 「そうなんや。大変やな、お互いに」 いえ、と短く答えると川島は頭を軽く下げて去っていく。 その方向は、福田の仮住まいのホテルとは少しずれているような気がした。
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時間は少しさかのぼる。 ロケを終えた福田のところに、珍しく田村から食事の誘いが入った。まっすぐ帰っていいものか悩んでいた福田にとって、田村には悪いが渡りに船だったのだ。 前から予約入れてたんですけど、友人にドタキャンされて、と頭をかく田村が呼び出したのは、個室の焼き鳥屋だった。 病み上がりだから、と乾杯のビールを一杯だけ頼んで向き合えば、田村はまず福田の体調を心配し、それから他愛もない話で盛り上がる。そんな些細なことが福田を笑顔にさせた。
飲むのをセーブしている福田に対し、田村は適度にアルコールをとっているせいかだんだん陽気に上機嫌になっていく。 「ふくださぁん」 「なんや」 「かぁしま、いいやつなんですよ。ぶきようなだけで」 「うん、知ってるよ」 だいぶ甘えさせてもらっていることを、田村は知っているのだろうか。川島から何か聞いているのだろうか。知らず体を強張らせた福田から田村は目を逸らさない。 田村の小さいけどつぶらな瞳は嘘のつけない草食動物のように悲しい目をしていた。 だがそれも一瞬のこと。すぐに陽気な表情を取り戻すと、田村はかばんから携帯を取り出す。 「ふくださん、賭けしませんかぁ」 「賭けぇ?」 「そうです。賭け」 「なんのや」 「今からかぁしまに電話します。で、くるかどうか賭けましょう」 そうしましょうそうしましょうと、田村は福田の質問にも答えず返事も待たずに通話ボタンを押す。 「おぉ、かぁしま。今な、ふくださんと飯食べてるんやけど、来ぉへん?」 うん、うん、と楽しそうにうなづく田村に福田もつられて笑ってしまう。 そして不意に襲いくる睡魔。久しぶりのビールが今頃になってまわってきたのだろうか。欠伸をかみ殺す。 「わかった。ほな待ってるわ」 すぐ来るそうです、と田村は満足そうに笑うと、ふと心配顔になる。 「ふくださん、なんか眠そうですね。来るまで寝てても大丈夫ですよ」 来たら起こしますよ、という田村の好意に甘えて福田は軽く横になった。うとうとと夢現の状態を楽しむ。 眠りに落ちる瞬間、川島の声が聞こえて、(あぁ、ほんまに来たんや)と思ったところで意識が途切れた。
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kaleidoscope【18】 2007/09/05 Kanata Akakura
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