a Day in Our Life


1999年01月14日(木) 014:泡沫



暗闇に慣れた目は、カーテンの隙間から漏れいる月の光に照らされた福田の寝顔の穏やかさまでしっかり捉えていた。
安心したように川島のTシャツの裾を握り締めて、胎児のようにまるまって眠る腕の中にある存在が信じられなくて、確かめるように何度も背中を撫でた。
華奢な福田の浮かび上がった背骨がやけにリアルで、川島に嘘ではないことを知らしめていた。
「ふくださん」
声にならない呼びかけは空に溶けた。


福田はセピア色のフィルムを覗く夢を見ていた。
それはまだ芸人を志す予感すらなかった少年時代の夏休み、当たり前のようにお互いの家に入り浸っていた頃のフィルム。
母親が切ってくれたスイカ片手に山と積まれた宿題に追われたり、近所の河原で花火をしたり、徳井の家出に巻き込まれ遠くの町まで足が痛くなるまで歩いたり。
近所の兄ちゃんに怖い話を聞かされた夜には、どちらからともなくくっついて眠ったりもした。
今思い出してもあほなことばかりしていたけれど、楽しかった。
スライドショーのように徳井との思い出が流れて福田を包んでいく。
どこを切っても徳井の笑顔が溢れ出す。
それが途中でぶつりと切れ、世界は暗転する。互いの姿は見えるのに、声が聞こえなくなったのだ。
何かを訴えようとする徳井に負けじと福田が呼びかけても、返事が来ない。胸が押しつぶされそうに痛くて気付けば泣いていた。
徳井が離れていくにつれだんだん侵食してくる闇に恐怖を覚えて、闇雲に手を振り回せば「何か」に当たった。
それはひどく暖かな温もりに満ちていて、福田は必死にしがみつく。
「ふくださん」
揺さぶられる感覚に恐る恐る目を開ければ、心配顔の川島の姿が涙でぶれて見えた。
これは夢なのだろうか。それとも現実?
わからずに呆然とする福田を、川島の大きな手が背中を擦る。
「大丈夫ですよ。俺は、ここにいますから」
きゅっと目を細めてやわらかく笑う川島に福田は黙って頷く。
背中に回された腕から伝わる温もりに引き込まれるよう目を閉じた。それ以降、朝まで怖い夢は見なかった。

緑茶の香りとにこやかな川島の声で福田は目を覚ます。
「福田さん、おはようございます」
「……おはよう」
朝起きて、おはようの挨拶をする相手がいる。
ただそれだけのことなのに、なんだか幸せを感じている自分がいることに福田は驚く。
その相手が川島だから嬉しいのか、それとも独りじゃないことが嬉しいのか、深く考えるのはやめた。考えても答えは出ないことは、しばらくは考えたくなかった。
よく見れば、福田を起こした川島はすでに着替えをおえて出かける準備万端で、福田は目をぱちぱちさせる。
目を擦って二度見するというある意味でベタな行動にも川島は目を細めてゆるりとした笑みを浮かべる。斜に構えない真っ直ぐで穏やかな眼差し。
「川島、半日オフやって言うてへんかった?」
寝てればよかったのに、と口に出さずに問いかければ川島が苦笑する。
「なんや、落ち着かなくて。遠足前の子供みたいなもんですわ。福田さん、朝食なんですけど、お茶漬けでええ?」
「や、朝飯は、」
いらない、と続けようとした福田を制して、川島が神妙な顔で首を振る。
「ちゃんと食わなあきませんよ。それにせっかくこうして二人で居るんやし、一緒に食べましょ」
言い出したら聞かない川島に、結局折れてしまう。それでもそんな自分が不思議と愉快で、福田の頬は自然と緩んだ。



***



kaleidoscope【14】
2007/09/01 Kanata Akakura

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