a Day in Our Life


1999年01月13日(水) 013:静夜



 「福田さんはこっちの部屋を使って下さい」

 2DKの男一人にしては広い間取りは、こざっぱりと振り分けられていた。寝室も兼ねているという和室を通過して、荷物置き場のようになっている部屋に通される。細々物が置かれてはいるものの、狭さは感じない。それでもある程度は移しますから、と今にも片付けを始めそうな川島に、押しかけたのは自分なのだから、そこまでして貰っても困る、と福田は言った。
 そうですか、と気を悪くするどころかむしろ気落ちした感の川島は、部屋をぐるりと見回して、ある事に気が付く。迷惑なんか思ってないし、誘ったのも俺やからそれはええんですけど、ただね…と続いた。
 「客布団がないんです」
 大真面目な口調のせいで、いつになく良い声になった。一瞬ぽかんとした福田は、込み上げてくる笑いを堪える羽目になった。だってそんな真剣な顔をして、何を言うのかと思えば。
 「ぶっ」
 結局、堪えきれずに笑い出した福田を見て、川島は困惑顔になる。少し照れながら、無造作に頭を掻いた。
 「気ィ使いすぎやねん。夏なんやしそこら辺でごろ寝するからええって」
 「そんなん、ダメですよ!」
 福田の言葉に、間髪入れずに川島の反論が返る。福田さん病み上がりやのに、それやったら何のために来てもうたのか分からんやないですか!と気遣う川島の優しさが、いつになくくすぐったい。
 「あっち行ったりこっち行ったりで悪いですけど、福田さんは俺のベッドで寝て下さい」
 「それこそ、アカンやろ!」
 「何が」
 「何で家主のお前追い出してまで、俺が寝なアカンねん」
 「それは…、」
 心配だし、ぶり返しても困るし。それらは言い訳に過ぎなくて、結局のところ自分は今、福田に尽くしたいのだろうと川島は思った。自分の事は二の次でいいのだ。出来る事は何でもしてやりたい。福田が望むのなら、どんな事でも。
 けれど、それでは福田の気が治まらないらしい。
 「ほな、どうするんですか」
 俺だって折れませんよ、と川島は言う。思いのほか頑固なその気性は、知っているつもりだったけれど、想像以上だと福田は思う。
 「…一緒に寝ますか?」
 「エッ」
 窺うように示されたその提案は、それまでの勢いはどこへやら、随分と控えめなものだったので。一瞬聞き逃した福田は反射的に短く問い返す。それは驚きでしかなかったのだけれど、川島は苦情と取ったらしい。だって、しゃーないでしょ、と言い訳がましい口調になった。
 「どっちも譲られへんのなら、仕方ないです。諦めて一緒に寝て下さい」







 「福田さん、どっち側がいいですか?」

 殆ど没交渉のまま結局、そういう事になる。
 福田にしてみても他にいい提案がなかったのだから、仕方のない展開だった。小さめの鞄一つが福田の荷物の全てだったから、風呂を借りた後には川島がちゃんと着替えを用意してくれた。福田が規定外だというだけで、川島も相当にスリムな体型をしていたから、借りたTシャツは大きすぎる事はなかったけれど、いつも以上に体が泳ぐ事に苦笑する。ジャージーパンツは特に顕著で、紐をぎゅっと絞って結ばなければならなかった。
 「や、どっちでもええけど」
 そんな所まで律儀な川島に苦笑しつつ、男二人がベッドの前に立ち尽くす様は滑稽だと思った。
 「ほな俺、奥に行きますけど。落ちんといて下さいね」
 まるで子供扱いだ、と福田が思う前に、先にベッドに寝転がった川島に続いて、その隣に潜り込む。スリムな川島とガリガリな福田とはいえ、やはりシングルベッドに男二人は狭かった。エアコンを控えめに入れて、夏だったけれど肌が密着してもさほど不快感はない。それよりも人肌の温もりを心地良いと感じる。随分と長い間忘れていた、そんな感覚を思い出した。
 「福田さん、遠慮せんとスペース使て下さいよ」
 そう言う川島の方がよほど遠慮をしているようにも見えた。仰向けになるとそれだけ狭いから、横向きになって、もぞもぞとポジションを探すうちに、至近距離で川島と目が合った。気まずいのか照れるのか、反応に困った福田の腕から背中に、ゆっくりと川島の手が回る。
 「…嫌やったら言うて下さい。この方が窮屈やないと思うんで」
 抱き締めるというよりは、包み込むような。まさに川島の両腕に包み込まれるような感覚だ、と福田は思った。不思議と嫌悪感は全くなくて、むしろひどく安心をした。ほっとする人肌の温かさ。川島の。
 「寒ないですか?」
 それとも暑くないですか?と川島が問うてくる。耳元に聞こえた声は、囁くように降って落ちる。柔らかな低音が、痺れるような、心地いい甘さを引き連れてくる。
 とろり、と眠くなる。
 「……ありがとうな、」
 全てに感謝をした。川島の優しさも、気遣いも、気持ちも全部、全部。
 「おやすみなさい」

 最後に囁かれた小さな声が、落ちかけていた眠りをするりと絡め取る。 
 川島の腕に包まれて、その日福田は、穏やかな眠りについた。



***



kaleidoscope【13】
2007/09/01 Toshimi Matsushita

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