a Day in Our Life
福田を現場まで送り届けると、川島はその足で劇場に向かう。 今日の仕事は劇場だけだったから、移動がない分楽だった。予定よりはやく楽屋につけば、案の定田村はまだ来ていない。 おかげで川島は邪魔されることなく思考に浸ることが出来た。
先ほど分かれたばかりの福田の温もりがまだ残っているような気がする。 見た目以上に細い手首をつかんだ途端、福田は泣き出しそうな目をしていた。 何かを失くした子供の目。 自分より三歳も年上の男性をつかまえて使う表現ではないが、そうとしか言えない。 そんな顔が見たくなくて咄嗟に出た言葉は、茶化すわけでもなく本心だった。 唐突過ぎる誘いを、福田はどう捉えたのだろう。 いつになく頼りない歩みは、まるで福田がこのまま消えてしまうのではないかという不安を呼び起こした。だからかもしれない。 傍にいたいという気持ちがこれ以上ないストレートな言葉に変換される。 自分の口から出た言葉が自分で信じられなかった。慌ててつけた尤もらしい理由付けにも、福田は唖然とした表情を浮かべていた。
そのとき、川島を現実に引き戻すように、高い声が降ってきた。 挨拶もそこそこに、福田のことを聞いてくる相方に川島は苦笑する。 「福田さんは?」 「仕事行かはったよ」 「そっか。よかったぁ」 ほっと、安心したように吐き出された息。人の良さを表すかのような優しい笑み。 普段はうざいくらいからまわりなのに、ときにこうして男気を見せる田村に川島の表情が緩む。 「かぁしまぁ、本番まで寝とけ」 「寝れへんわ、こんなところで。毛布もなんもないやんけ」 「じゃーんっ。そういうと思うて用意してありまーす」 ぶーたれた川島に背を向けた田村は、最近声優が一新されたネコ型ロボットの効果音と共に大判のタオルを取り出す。 団栗のようなつぶらな瞳が楽しげに光る。 「気がきくやん」 「お疲れのアキちゃんにご褒美でーす。もっと褒めてや」 「よしよし、茶ーりーブラウン。あとでスヌーピー買うたるわ」 「やから茶やないって。スヌーピーよりパンがええなぁ」 「ほら茶色やんけ」 田村と軽口叩きあいながら、ふと思う。 チュートリアルも以前はこんな風に戯れたりじゃれたりしていたのだろうかと。
仕事を終えて真っ先に川島がしたことは、携帯のチェックだった。 友人からのメールに混じって福田からのものがないか探したが、ないことにホッとするのと残念な気持ちが同時にやってくる。 自分からかけたら、急かしているように思われないか。 福田に気を使わせてしまうのではないか。そう思うと自分からコールするのも躊躇われた。かわりにメール作成画面を呼び出す。 ふ、く、だ、と打ったところで繋がる回線。まさにその人だったことに、川島ははやる気持ちを抑えて通話ボタンを押した。 「俺、まだお前に甘えてもええ…?」 受話器の向こう側、頼りない縋るような声に、川島はいてもたってもいられず立ち上がる。間違いなくこれは福田からのSOS。 「……今すぐ、迎えに行きます」
薄い体を縮こませて所在なさげにロビーに座っている福田を見つけた川島はぎょっとして駆け寄る。心なしか顔色が悪い 「福田さん、痛いんですか?」 声をかければ、福田は慌てたように首を振る。 確認するように額に触れれば特に熱がある様子もなく、福田の表情も痛みを耐えているように見えなかったから手を離そうとすれば、その手を福田がつかむ。 「ふ、福田さん?」 「握ってもええ?」 遠慮がちな手をとって握りなおせば、ほんの少しだけあった強張りが溶けていくように福田の顔に笑みが浮かぶ。 「あんな、今日、ずっとこうしたかってん」 あまりにすらりと言われて川島は耳を疑う。 ともすれば、何かのドッキリではないかとカメラを探したくなる気持ちを抑えて、小さく深呼吸する。 「かわしま、ありがとな」 柔らかな安心しきった笑顔をむけられて、川島の胸は高鳴った。
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川島の部屋は予想よりも片付いていた。 「あ、麒麟ゾーンや」 番組の企画で川島の部屋を訪れたという後藤が笑いながら話していた現物を目の当たりにして笑えば、川島は拗ねたように口を尖らせる。 そうすると年齢相応に見えて、なんだか可愛らしい。 きょろきょろと部屋を見渡す福田に座るよう促して川島は台所に立つ。 「もう夕飯とられました?」 「まだやけど」 「ほななんか作りますわ」 「俺も手伝う」 昨日からずっと川島に甘えっぱなしだったし、何か返せればと思った福田が手伝いを申しでれば、川島は目をきゅっと細める。 エプロンを借りて川島の隣に立てば、狭い台所はいっぱいになった。 福田ほどではないが、どうやら川島も料理は好きらしく危なげのない手つきで包丁を操る。 肩をぶつけ合っては笑い、腕が触れては笑う。それがなんともいえず照れくさかった。
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kaleidoscope【12】 2007/08/31 Kanata Akakura
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