a Day in Our Life
手を握って欲しい、だなんて。 不安そうで弱弱しい響きは、どこか睦言にも似ていて、川島はひそやかに笑う。そんな深い意味があるはずないのに、意識してしまう自分が滑稽で可笑しい。 それでも福田の左手を包み込むようにすれば、ひんやりとした感触。その冷たさが、初めて福田を意識した日のものと重なる。 ――この手を離したくない。 湧き上がった衝動を押し殺してやんわり力を込めれば、福田は緩やかな笑みを浮かべる。 安心したように目を閉じた福田から、穏やかな寝息が聞こえてくるまでそんなに時間はかからなかった。
誰に憚ることなくこんなに間近で福田を見つめる機会なんてそうそうありえないから、川島は焼き付けるように見つめる。 福田は男前と賞される相方とは別ベクトルで顔を弄られることが多い。 てかりだったり、あまり並びのよくない歯だったり(仮歯を入れたというのにまだまだバランスが悪い)。 確かに一般的な評価からすれば整っているとはいえないかもしれない。だが川島は、そんな福田の一つ一つが愛しかった。 左頬にきれいに並んだ二つのホクロ。密かに触れてみたいと思っていたそこに手を伸ばす。 壊れ物を扱うように触れれば、福田が僅かに身じろぐ。 そのとき、福田の手首に巻かれたブレスレットが目に入った。 シンプルなデザインのそれは、ちゃらちゃらしたものが好きだと公言する福田の趣味から微妙に外れているようで、それでいて不思議なほど馴染んでいた。 ブレスレットで擦れたのか、赤い線状の痕が痛々しい。 福田は無意識なのか、ブレスレットごと手首を擦っていることが多い。先ほども徳井を庇うような発言をしたとき、ぎゅっと握り締めたいた。 思い出したくないことまで思い出して川島は顔をしかめる。 そのとき脳裏に、福田と同じような仕草をしていた人物が一瞬だけよぎる。あれ、と思うまもなくそのイメージは消えた。
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朝、福田が目覚めたときには既に退院の手続きやらなにやら細かいところまで川島が済ましてくれていて、当然のように現場まで送り届けてくれた。 いくら乗りかかった船だからといって、申し訳ない気持ちになる。それと同時に、なんだかくすぐったいような嬉しさも感じていた。
テレビ局の廊下を二人並んで歩く。 自分より高い位置にある川島の目の下には薄っすらとクマが浮かんでいて、あぁ、寝てないんだと申し訳なくなる。。 「かわしま」 「なんですか?」 「ごめんな」 「俺がやりたくてしてることやから、気にせんといてください」 珍しく慌てたように手を振る川島が可笑しくて、なんだか涙が出そうになる。何でこんなに弱っているのだろう。 福田はいつものとおりブレスレットに触れて心を落ち着かせようとした。だがそれより早く川島の手が伸びてきてやんわりと右手をつかむ。 「あきませんよ。手首、あっかあかいやないですか」 「……せやな」 「どうせつかむんやったら、俺の手握ってください」 言いながら照れてしまったのか、川島の顔がかすかに紅潮する。くさいこと言うな、とつっこもうにも、その照れが伝染してしまったのか福田の頬も熱い。 三十前後の男二人がと思わないでもないが、掴まれた手もそのままに福田はどうして良いかわからず目を泳がせる。 「福田さん」 こほんと小さな咳払いをして、前に視線を固定させたまま川島が改めた声を出す 「提案なんですけど、体調が本調子に戻るまで、うちに来ませんか?」 「え?」 「一人暮らしやと、なんかあったとき動きにくいやないですか。それに福田さんのホテルとうちって結構近いんですよ。電車で20分くらいやし」 突然すぎる提案についていけない福田に川島は表情を緩める。 「あ、もう楽屋着きますね。今すぐにとは言わないんで、考えておいてください」 ぱっと離された手、無理やり張り上げた明るい声。深々とお辞儀して去っていく川島から、目が離せなかった。
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kaleidoscope【10】 2007/08/30 Kanata Akakura
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