a Day in Our Life
二十年来の幼馴染で、福田の相方。誰よりも福田のすべてを知っているであろう目の前の男。自分と大差ない身長のはずなのに、大きく見えるというのは彼の自信の表れか。 徳井の笑みに込められた想いを、川島は薄っすらと感じ取り、その上で否定する。認めてしまったら戦えない。そう気付いてしまったのだ。 だからこそ、いっそう鋭い眼差しで徳井を見据える。 「預かる? アホなこと抜かすんやめてもらえますか、いつかあなたに返さなアカンみたいやないですか」 ノンブレスで言い切った川島に、徳井は静かな眼差しを向ける。その眼差しに浮かんでいるのは、仕事中のスイッチの入ったときよりも深い、闇。絶望にも似た光が川島を貫く。 「福田は、俺のものやないよ」 「よく言いますよ。所有権主張してるくせに」 「そんなことないわ。まぁ、俺は福田のものやけどな」 真意を悟らせないよう振舞う徳井に、するりと絡めとられていくような感覚に、川島は眉をしかめる。徳井がこれでは福田が進むことも戻ることも出来ないだろう。 袋小路に嵌ってしまった二人を哀れむ余裕なんて、今の川島にはなかった。 「なぁ、川島?」 いっそ優しげに問いかけられて川島は背筋を伸ばす。 「福田さんが徳井さんのものやないって言うんやったら、俺があの人を貰います」 きっぱり言い切った川島に、徳井は無意識なのか左手のブレスレットをさすって微笑する。 それ以上、二人の間で会話を交わされることはなかった。
病室に入れば、まだ薬が効いているのか、先ほどよりは穏やかな顔をして福田は眠っていた。 しかし血の気の失せた福田からは生気が感じられず、川島は恐る恐る口元に手をかざす。弱弱しいが確かな呼気を感じて、そっと胸をなでおろす。 それから近くのパイプ椅子を持ってくると、どかりと腰を据える。 徳井は腕を組んだまま無言でその様子を見ていた。 福田の髪をなでる川島の慈しむような眼差し。壊れ物に触るようにおずぞずと伸ばした指先。 遠い昔に封印したそんな表情を見ていられず、そっと病室を後にした。
*** **
消毒やら何やらで独特の匂いのする部屋、福田は胸の上に圧し掛かる重みと温もりで目が覚めた。 ぎりぎりまで絞られた照明のせいで、暗闇に慣れていない目が視界を取り戻すまでに時間がかかった。 何が起こったのか判断がつかず、わずかに動く首をひねって周囲を確認すれば見覚えのある影。 「……かわしま?」 圧し掛かっている物の正体に困惑しながら名前を呼べば、川島はもぞもぞと動き出す。それからハッとしたように飛び起きると、川島は福田に向き合う。 「すみません、起こしてしまって」 気まずそうに頭をかく川島に福田は首を振る。そのとき視界の端に映った時計が結構な時間を指していることに気が付く。 「ずっと付いててくれたんか? すまん」 「いえ。それより具合は、どうですか?」 「ん。だいぶ楽になったわ。ありがとな」 ほっと安心したように川島が表情を緩めるのを福田はぼんやりと見つめる。なんだか川島の様子がいつもと違う。何が、とはいえなかったが、微かな違和感。 「福田さん?」 「川島、一人?」 「え? ええ」 「そぉか」 一瞬だけ落ち込んだ自分を福田は嘲う。 何を、期待していたのだろう。徳井が来るはずないのに。 「福田さん、あまり無理しないでくださいね」 川島から向けられる、真摯な眼差しが少しだけ痛かった。
***
kaleidoscope【8】 2007/08/28 Kanata Akakura
|