a Day in Our Life
「うわー、怒っとるわ」
電話を切った田村が狼狽した表情を揺らすのを見て、徳井は顔を上げた。 「川島、福田の面倒見てくれとるん?」 「はい。でも、思ったより福田さんの具合が悪いみたいやから、薬より病院に連れて行くって。マネージャーさんに連絡取ってくれ言うてますんで、宜しくお願いします」 「分かった、色々悪いな」 言った言葉もそこそこに、徳井はすぐに携帯電話を取り出す。いつものお調子顔を消して、笑いもなく、それだけ福田が心配なのだと田村は思った。そんなに心配なら直接見てあげればよかっただろうに、どうしてこんな回りくどい事をするのかは、田村には分からない。 「…おぉ、そう、病院には川島が。直接川島と連絡取って貰える?打ち合わせは俺一人で行くから」 川島の携帯番号は分からなかったから、今の時点で福田がどの病院に行くのか、徳井には分からなかった。だからマネージャーに後で病院名を連絡くれるよう念を押して、けれど顔を出すかどうかは、今の時点で決めていなかった。 本番中から明らかに具合が悪くなっていく福田を、徳井は気が付いていた。初めは気のせいかと思って、それから注意深く様子を窺えば、福田は気付かれたくないのか、何でもない振りをする。それでなくとも本番中ならどうする事も出来なかったから、収録が終わるのを待って、人の良さそうな田村を捕まえて薬を買いに出たのだった。 自分以外なら誰でもよかったのだけれど、田村を選んだのには訳がある。 収録中、一度だけ川島と目が合った。正確には福田を見る川島と、福田を介して一瞬だけ視線が交わったのだ。川島はたぶん、気が付いた。福田の様子が普段とは違う事に、だから楽屋に福田一人を残しても、川島がきっと、気が付いて介抱してくれる。 それはひどく他人任せな行動だったけれど、福田が自分に気付かれたがらない以上、自分に出来るのは福田の気持ちを汲んで、知らない振りをしてやる事だと思ったのだ。 「徳井さん」 川島の事を考えていたら、田村に声を掛けられた。考えに耽ってしまっていたために、手持ち無沙汰に佇んだ田村が、困ったような顔になっている。 「徳井さん俺、そろそろ次の現場行かなあかんので、」 「あ、あぁ…ありがとうな、助かったわ。川島にも礼言うといて」 「ハイ、分かりました…あ、徳井さん」 今にも駆け出しそうな足をふと止めて、田村が振り返る。言おうか言うまいか迷って、やっぱり言おう、そんな顔。 「あの、川島が怒っとる言うたけど、悪い奴やないんです。ホンマに福田さんの事心配したんやと思うんで、勝手な事もしましたけど、気ぃ悪くせんとって下さい」 福田さん、はよ元気になるとええですね!と大声を残して、一気に走り出した田村の背中を見送りながら、徳井はゆるゆると息を吐き出す。それはひどく重く、濃く、徳井の腹の底から吐き出されたものだった。やがて、自分も打ち合わせに向かわなければ、と徳井は重い足を踏み出した。
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打ち合わせを問題なく終わらせて、徳井の足は結局、病院に向かっていた。 行けば福田は気を遣うだろうけれど、行かなくても打ち合わせに穴を開けた事で、やっぱり福田は謝りたがる。どのみち同じことなら、様子が見たい自分の気持ちを通そうと考えたのだ。 マネージャーに告げられた病院に着き、指定された病室を探す。薬が効いて眠っているという、福田からは特に連絡は入っていなかった。最後に携帯をチェックして、電源を落としながらふと、顔を上げると、反対側からやってくる川島の姿が見えた。 「徳井さん」 徳井が何か言う前に、ほぼ同時に気付いたらしい、川島の声の方が早かった。不機嫌を隠そうともしない、怒りにも似た何かが真っ直ぐに徳井に向かってくる。 「川島、色々悪かったな」 「俺は別に何もしてませんよ。それに、」 悪いんやったら福田さんにでしょ、と川島は冷たく言い放つ。棘のある声色は、普段の柔和そうな笑い顔と似ても似つかない。 「あと、うちのを巻き込むんも止めて下さいよ。人がええからってつけこむんは卑怯やないですか。気付いとったんなら自分で病院連れて来たったらよかったんや。福田さんあんなに苦しんで、可哀想やないですか」 もっと早くから行動に移してやれていれば、もっと苦しまずに済んだかも知れない。けれど痛みが薄い間は、福田は病院に行きたがらなかっただろうから、川島のそれは結果論に過ぎなかったけれど。そういう事を指摘したいのではなくて、要は、徳井の誠意の問題で。 「相方を、生かすも殺すもあなた次第ですか」 田村を引き込んだのだって川島は、気に入らなかった。自分本位に周りばかりを動かして、それはあまりに傲慢ではなかったか。 そんなやり方は認められない、と川島は思う。互いに距離を置いて、干渉をしないと見せかけて、互いに誰よりも相手を束縛する。そんな雁字搦めな関係から、川島は、救ってやりたいと思った。 「福田さんを、あなたに任せられません」 誰かをどうにかしたい、と思ったのは初めてだった。優しくしたい。守りたい。愛したい。 そんな川島をじっと見た徳井は、不意に笑ったように見えた。 「ほんなら、お前が福田を預かってくれるんけ?」
徳井のそれは、諦めにも似た。滲むような笑みを浮かべた徳井は、言って川島を見た。
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kaleidoscope【7】 2007/08/28 Toshimi Matsushita
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