a Day in Our Life


1999年01月04日(月) 004:遠因



きっと、あの匂いが悪かったに違いない。


ネタ合わせをしようと久しぶりに訪れた徳井の部屋は相変わらず盛大に散らかっていた。
いちいち小言を言う気にもなれなくて、福田は足元の服やCDの山を蹴っ飛ばさないよう歩く。だがその甲斐なく、ひとつの山を崩してしまう。
その山から飛び出してきた見覚えのあるブレスレットが、昔の事を思い出させた。

あの日、忘れ物をとりに楽屋に戻ったら川島が机に突っ伏していた。
あぁ、疲れてるんやなと起こさないように足音を殺して背後をとおり、目当てのものを手に取る。
舞台にいるあいだ外していたシルバーのブレスレットは、安っぽい蛍光灯の光を受けて鈍く光った。
それは、徳井とコンビを組んだ日に彼から強奪したものだった。
長い間、徳井が身につけていたそれを、コンビ結成記念に欲しいと半ば冗談交じりで伝えたらくれたのだ。
(その代わり、福田がつけていたブレスレットを徳井は身につけるようになったからお相子だった)
その日以来、それは福田にとってお守り代わりだったから、あと数時間もすればまた戻ってくる場所にわざわざ取りに戻ってきたのだ。
そのまま行こうとしてブレスレットの下に敷かれていたのが、徳井のニット帽だと気づく。
(アイツもドジやなぁ)
ブレスレットを嵌めニット帽を鞄に仕舞って、さぁ今度こそ帰ろうと川島の後ろを通れば、嗅ぎ覚えのある煙草の匂いがした。
煙草を吸わない福田はあまり銘柄には詳しくなかったが、これは何の匂いなのかはすぐに分かった。徳井の愛用するものと同じ銘柄だったからだ。
匂いに誘われるようにそろりと近づいてみれば、眠っているにしては生気が感じられず、さすがに心配になって声をかけた。顔を上げた彼は迷子の子供のような目をしていた。
そして柄にもない行為をとったあの日以来、川島は妙に突っかかってくるようになった気がする。
福田の知る限りで川島はプライドが高そうだったから、大して親しい仲でもないのに弱っているところを見られてしまったことを気にしているのかもしれない。
面倒くさいな、とちらりとでも思った自分は薄情なんだろうか。

「、くだ、ふくだ?」
知らず知らず物思いに沈んでしまった福田を呼び戻す声に釣られて顔を上げれば、心配そうにみつめてくる徳井がいた。
20年以上一緒にいてこれから先も一緒にいるであろう相手なのに、不意打ちで目があうと少しだけ緊張が走る。

「あぁ、ごめん」
「どうしてん、ボーっとして。先、休憩いれるか?」
「ん。ビールのみたい」
「こら、あかんやろ」
「冗談やって。なぁ徳井くん、なんや、あっまあまい匂いがすんねんけど」
「お前が来るまでクッキー焼いとったからな」
言われてみれば、その甘ったるい匂いは部屋だけではなく徳井自身から漂ってきている。いつもの煙草の匂いを上書きするような独特の甘い香り。
「ストレスがたまると焼きたくなる」とテレビや雑誌で話しては驚かれ笑われるそれが、ネタでないことを福田だけは知っていた。そのクッキーの味が悔しいくらい美味しいことも。

いつからか、ネタに関しては徳井が主導権を握り、福田はそれについていくというスタイルになっていった。
もともと徳井の才能が埋もれるのがもったいなくてお笑いの道に誘ったというのもあったし、自分の限界が見えていたからそのことに関しては周囲が言うほど福田は気にしていなかった。
そこにあったのは、徳井が気持ちよくボケることが出来るよう、自分が動ければいいとある意味では割り切った気持ちだけ。
だから、徳井が重圧を感じストレスを溜め込んでも、福田にできることは少なかった。
隣でただ笑っていることくらいしか出来ない自分が不甲斐なくて、情けなくなる。それなのに徳井は福田が大切だと笑う。
素直になれない自分とちがって、徳井は表情を隠そうとするくせに感情を隠すのがへたくそだったから、そう口にする徳井の言葉が嘘ではないこともわかっていた。

「福田くん用に甘さ抑え目やから安心しぃや」

何も言えずに黙ってしまった福田の表情をどうとったのか、徳井はおちょけたように笑う。
徳井はいつでも優しい。対福田に関しては特に。
エロキャラ、変態キャラを前面に押し出しているせいで誤解されやすいが、徳井ほど優しく温厚な人間を福田は知らない。

福田はそっと腕のブレスレットをさすった。



***



kaleidoscope【4】
2007/08/24 Kanata Akakura

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