妄想日記 

2002年03月19日(火) 夢のような日々(退学前の沢黒)


「センコーなんて信じない」



あの頃口癖のように言っていた言葉。
センコーというより、オトナ自体信じられなかった。
昔から、なにかあると俺の顔を伺うようなことをする。
俺がどう思ったか。
俺が、どうなったか。
だけどそれは俺自身を気にしているわけじゃなく。
常に俺を通して後ろにいる親父の顔を伺っていただけにすぎない。



「だけど、さ」
学校帰り、いつものように俺の家にいる黒崎。
入るなり冷蔵庫からコーラを持ってきて、一口飲む。


「だけど学校には来るんだよな」
「それは・・・」



『オマエがいるから』



「なに?どうした?」
「いや・・・別に」


笑ってごまかしながら。
残り少なくなったコーラを一気に飲みほすと、少しぬるくなった感触が喉を通る。


ここに入ったのは、親父に反抗したかったからだった。
いい高校に行けと言い続ける親父の思惑通りになりたくなくて。
入試ギリギリで志望校を最低ランクだった白金に変えた。
合格発表のときの親父の驚きの表情に少し満足したけれど。
親父の希望する高校以外のところに入学するのが目的だっただけだったから。
その目的が達成されたあとはどうでも良かった。
高校入っても相変わらずセンコーの目は親父を見ていておもしろくなかったし。
なにがあるってわけでもなかったし何がやりたいなんてこともなかった。
だから、学校自体興味なかった。
学校にくることが、無意味にさえ思った。
そう思ったら、段々と来るのさえ億劫になっていた。




いっそ辞めてしまおうかと思い始めたとき。
黒崎が現れた。



「沢田」
呼ばれて、寝ていた顔をあげると。
そこには、見事なくらいキレイに染まった金色が目に付いた。
確か、同じクラスのヤツだった気がするが。
入学してから今まで、他の生徒同様コイツとも話したことはなかったけれど。



「沢田って頭いいんだよな?」
「・・別に」
「だけど成績発表でいっつも上位にいるだろ」

またか、と思った。
中学んときから、頭いいとか上位にいるからってだけで絡んでくるやつが多かった。
大抵のやつはこんなナリで、って思ったらしい。
不真面目なくせに、成績上位でおかしい。
実力のわけがない。
カンニングじゃねーの?
クラス変えのたびにずっと、こうやって言われ続けていたからいい加減慣れたけれど。

「俺に勉強教えてくんねー?」
「はあ?」

また絡まれると思っていたのに、突拍子もないことを言われて面食らってしまった。


「今度のテストで赤点取ったらレギュラー外すとか言われてさ」
「レギュラー?」
「そ。バレー部の期待の星なんだよ」

サマになってるだろ?
なんて言いながらアタックする動作をして後ろのヤツに迷惑そうな顔されてる。
しかし、イマイチピンとこなかった。
この、見るからに白金の生徒という感じのコイツが毎日部活に励んでるなんて、誰が想像出来るだろう。
目の前で言われても、想像出来なかった。

「だからさ、教えてくんねー?」
「・・・別にいいけど」
「マジ!?」

対したことじゃないと思って軽く返事をしたけれど。
黒崎はとても嬉しそうに笑った。
その笑顔が、何故か心に焼き付いて離れない。


・・・・あの時から、今でもずっと。 


それから、俺と黒崎は一緒にいる時間が増えて。
元々黒崎と仲良かった内山が加わった三人でツルむことが多くなった。






思い出に浸っていたけれど、黒崎が俺の横に来るのを感じて意識が現実に戻った。
ソファに座っていた俺の真横にきて、コトン、と俺の肩に顔を預けてくる。
「まあ、俺としても慎が学校来なかったら辛いしな」
「え・・・・」
どきりとした。
期待するなという思いがあるけれど、それでも。
言葉が、触れた部分を通して直接響いてくるような気がした。




「慎がいなかったら、ノート写せるヤツいないし」



やっぱりな。
そんな理由だとは思ったけど。


「だから、学校辞めるなんて言うなよ?」
「・・・・ああ」


辞めないよ。


自分でも驚くくらいスっと出てきた。
辞めようと思ったことは何回もあったけれど、辞めないと思ったことなんてなかったはず。
けれど、黒崎の問いに出てきた言葉は「辞めない」だった。
さも当たり前のように。
ずっと思ってたことのように。
すんなり、口を出た。


「そっか」
黒崎は満足気に頷く。


ああ、と思った。
なんで辞めないと、思ったのか。
黒崎がそれを望んでるから、すんなり出てきたんだろうと納得した。



黒崎がいるなら。
あんな学校でも悪くないって思える。


そういうことなんだろう。



「なんだよ、ニヤニヤして」



「いや・・それより今日止まっていくつもりか?」
「ああ、明日も朝練あるからさ。こっからのが近いし」
面倒だという黒崎の表情は、言葉とは裏腹に嬉しそうで。
来週から始まる地区大会がよっぽど嬉しいんだろうと思った。



「がんばれよ」
「ああ」





それはまだ、こんな結末になるなんて知らなかった頃の、幸せな日常。


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薫 [MAIL]

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