「なあ、いい加減これ離さねー?」 黒崎の視線の先には、両手を塞がれた自分の手。 俺と内山が、それぞれ掴んでいた。 さっき、黒崎の涙を見たとき。 咄嗟に掴んでいた。
手が震えているのを見て。 その震えを止めてやりたいって思った。 気付いたら、その手を掴んでいた。 黒崎の手を俺が掴んで。 その上から内山が掴んで。 それを支えるようにヤンクミが掴んだ。
黒崎の、頼りない手。
あのときも、こうやって黒崎の手を繋げばよかった。 そうしたら、黒崎を見失わないでいたのに。 離れないですんだのに。
今となっては、後悔でしかないけれど。
「離すとまたどっかいきそうだから、家までこのまま!」 「ええ!?かなり恥ずかしいんだけど・・・・」 「俺だって恥ずかしいっつーの」 「じゃあ、離せよ!」 「い〜や!オマエは危なっかしいから、このまま」 「慎〜」 黒崎が困り果てて俺の名前を呼ぶ。 だけど、俺も内山の言葉に同感だから。 ただ苦笑してみせた。
内山の言葉じゃないけど。 黒崎がどっか行っちゃいそうで。 手を離せないでいる。
「こんだけ俺等を心配させたんだから、こんくらい我慢しろよ」 「・・・ごめん」
ひどく真面目に言われて。 俺も内山も少し困った顔を浮かべる。
謝ってほしわけじゃないから。 ただ、これからはずっと隣にいてほしいだけだ。
「ま、こうやって元に戻ったんだからいいけどさ」 内山が、少し照れながら言う。 それに答えるように、黒崎の手が俺達の手をぎゅっと掴む。
きっとこれからは。 何があっても一緒にいられるって。 そう思った。
「とうちゃーく」 俺の家の前に着くと同時に、内山は繋いでいた手を離した。 次いで俺も離そうとすると、慌てて止められた。 「慎はそのまま黒をお持ち帰りしろよ」 「はあ?何言ってんだよ」 「いーから。俺は退散するから」 「うっちー!」 去っていこうとする内山に、黒崎が叫ぶ。 「おまえら二人きりで話すこと、いっぱいあるだろ」 がんばれよ、慎。 俺の肩を軽く叩くと、内山は笑って去っていった。 その笑顔はすべてわかっているような、そんな顔で。 内山には特に何か行った事は無かったけれど。 俺達と常に行動を共にしていたから、きっといろんなことが見えてるんだろう。 俺の気持ちとか、黒崎の気持ちとか。 きっと俺達以上に、わかってると思う。
「なんだよ、あれ」 「さあ、な」
とりあえず、内山の好意を無駄にしないように黒崎の手を繋いだまま、俺の家へと向かった。
「お邪魔します・・・」 「どうぞ」 遠慮がちにかけられた声に、苦笑しながら答える。 久しぶりに来たからだろうか、黒崎はキョロキョロと部屋中を観察していた。 まるで、初めてきたときのようで。 なんとなく懐かしい気持ちになった。 「自由でいいなあ」と一人暮しが羨ましいと言うから遊びにくるかって言ったら喜んできて。 黒崎は何時の間にか毎日来るようになった。 そして、黒崎がこの家にいる空間が当たり前のようになっていた。 二人でいても居心地いい空気で。 そばに黒崎がいても気にならなくなって。 いつのまにか、黒崎がいることが自然に思えてきた。 黒崎のいる、自然な空間。 あの時以来だ。
「しかし、おもしろいセンコーだよな」 ヤンクミのことを話しながら黒崎が座ったとこは、黒崎が気に入っているソファで。 以前と変わらない仕草が、嬉しかった。 「あんなのいたっけ?」 「今年入ってきた」 「ああ、だから知らねえのか」 変なヤツだって思うけど、おもしれーから目が離せない感じで。 思えば。 今回もアイツのおかげなんだよな。 アイツがいたから、こうたって黒崎を取り戻すことが出来た。 やり方は無茶苦茶だけど・・・・って。 「黒崎、傷大丈夫なのか?」 「そういや・・・ッ」 「黒崎!」 思い出したかのように傷口に触れて、痛さに顔を顰めるのを見て慌てて近寄る。 「うっわ、腹も痣になってるよ・・・・・」 「冷やしたほうがいいな」 拳くらいの青痣が出来てるのを見て、救急箱から湿布と傷薬を出す。 とりあえず、腹のところに湿布を貼る。 「アイツ、センコーのくせに容赦ねーよな」 「ああ、あーいうヤツだからな」 「あれで女なんて詐欺だぜ」 ため息をついたのが伝わってきた。 まさか極道の家のヤツなんて知らないから、普通ならそう思うだろうな。 そもそも女とかいう前にセンコーなのに、なんかあると自覚なくなってるよな、アイツ。
「顔も、染みるけど消毒するぞ」 痣までなかったけれど、唇のところに切り傷が出来ていた。 消毒液をつけると、顔を顰めながらも黙ってされるがままになってた。 「慎・・・」 「ん?」 「ごめんな・・・ぬるい学生なんて言って」 手を止めて黒崎を見ると、少し俯きがちだったから表情はあまり見えなかった。 けれど、その声音から黒崎が落ちこんでるのがわかった。 「オマエも色々あるって知ってるのにさ・・・」 「別に。気にしてねーよ」 その言葉に嘘はなかった。 あの時は黒崎に言われた言葉より、黒崎の態度のほうが気になっていた。 俺達を拒絶していたことが。 あのまま黒崎を止められないんじゃないかって思ったことが。 ショックだったから。 「けど・・・・」 それでも納得できなくて塞ぎこんでる黒崎を、包み込んだ。 「慎・・・?」 「それよりも、オマエが戻ってきたことのほうが大事だから」 もしかしたら、2度とそばにいることが出来ないかもしれないと思ったこともあった。 もう2度と、あの時間は取り戻せないんじゃないかって思ったこともあった。 あの時の気持ちに比べれば、黒崎に言われた言葉くらいなんとも思わない。
今、こうやってそばにいて。 黒崎が腕のなかにいる。
それがなによりも大事だから。
「黒崎」 「ん?」 「お帰り」 「・・・ただいま」
黒崎が、前と同じようにキレイな笑顔を浮かべる見て。 やっと、取り戻せた気がした。
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