「純、緊急事態発生だ!」
田渕さんからの電話で、急いで来てみれば。 ソファで寝ている兄貴の姿があった。
「お〜純。早いなあ」 「田渕さん・・・・・緊急事態って・・」 「ああ。これ」
店に入ったときから予想はしていたけれど。 田渕さんが指差したのは兄貴で。 『緊急事態』なんていうから、また兄貴がトラブったのかと思ったりしたんだけど。 小峰社長んときみたいに、とんでもないことになってるんじゃないかって、それが心配で走ってきたんだけど。 どうやら違うらしく、ほっと胸を撫で下ろしながら。 それじゃ、なんで俺が呼ばれたんだろうって思った。
「アニが潰れたから、こりゃマズイと思ってさ」 「それだけ・・・・ですか?」 「だけっていうなよ。アニが潰れるなんて滅多にないんだからさ」
確かに。 俺がみる限り、兄貴が酒によって潰れた姿なんて見たことない。 いつから飲み始めたのかわからないけど。 気付いたら兄貴はいい酒のみになってて。 しかも結構強いほうだったから、酔って寝てる姿なんて見たことなかった。 だけど、なんで今日に限って潰れたんだろう? こんな、寝ちゃうくらいに。 俺がそばにいることに気付かないくらい潰れるなんて。
「ここんとこ飲んでないからキたらしいんだよ」 「そう・・・ですか」
そういえば。 ここ数日は練習があったから兄貴には酒飲み行くヒマもなかった。 いや、ヒマはあったけど。 寝坊すると思ったから、飲みに行こうとすると俺が止めてた。 だから兄貴は数日ぶりに飲んだんだと思う。 それで、歯止めがきかなかったとか?
「あんまり、アニいじめんなよ」
田渕さんが、兄貴の髪に触れながら言う。 その視線は暖かくて・・・慈しむような。 兄貴を大事に思ってるんだって気付くくらいの表情を浮かべてて。
「じゃ、連れて帰ります」
それ以上田渕さんの視線に晒したくなくて。 田渕さんの手を払うようにして兄貴を起こす。
「兄貴。帰るよ」 「ん・・・泊まる・・・」
眠いらしく、目は閉じたままで。 だから多分、俺だって気付いてないんだろう。 兄貴は寝ぼけたまま、そんなことを言うとまた寝る体制に入ろうとした。
「兄貴!」 「ダメ・・・ 歩けない・・・」
そのままズッシリとソファに沈んでいくカラダを慌てて引き起こしたけれど。 意識は半分飛んでるようで、起こしても自分ではカラダを支えられないようだった。
「ん・・純・・・?」
どうやら兄貴が覚醒したらしく。 さっきよりは幾分ハッキリした口調で名前を呼ばれた。
「何・・・俺なんでおぶられてんの・・・」
イマイチ状況が掴めないのか、寝ぼけてるのか。 自分が置かれてる状況がハッキリしていないみたいだった。
「岡林さんとこで潰れたから俺がおぶってんだよ」 「ええ〜?俺潰れてないよぉ」
見るからに潰れてるし。 主張する言葉自体が曖昧なのに。 兄貴は「酔ってない」と言い張る。
「じゃ、下りる?」 「ええ〜!ラクだからこのままでいい〜」
後ろで駄々こねるようにジタバタされて。 「危ないって」と言いながら、そのままの姿勢で歩く。 ラクだからって言葉に引っ掛かったけど。 どうせ下ろしたところで歩けないのは目に見えてるし。 それならこのまま歩いていったほうがいい。
「小さいときはな〜俺がおぶってやってたんだぞ」 「覚えてねーよ」 「俺が遊びいってると必ず追いかけてきてさ〜。で、一緒に遊んでやると帰りは疲れて歩けないんだよ。だから俺がおぶって帰ってたんだぞぉ」
自慢げに言われても、俺はまったく覚えてないんだから。 だけど、兄貴の後を追ってたのは覚えてる。 気付いたら兄貴がいなくて、母さんに聞くと「遊びにいった」って言われて。 置いて行かれたと思って泣きながら兄貴達がいるグラウンドに行ったんだよな。 まだ三才かそれくらいだったけど。 家からグラウンドまでの道はしっかり覚えてたんだよな。
「けど、今弟におぶされてるほうが恥ずかしいんじゃないの?」 「うるさい!今日のはあの時の恩返しだと思え!」
そんな無茶苦茶な。 だけど、思った以上に背中のぬくもりは心地よくて。 俺は黙って兄貴をおぶって歩いた。
「しかし、純くんも成長したね〜」 「何が」 「お兄ちゃんをおぶって歩けるくらいっだからさ。大きくなったねえ」
イイ子イイ子と頭を撫でられた。
「だって、兄貴軽いし」 「軽くねーよ!これが標準だって!」 「いや、全然標準じゃないし」
練習で相手をおんぶしながら走るってのがあるから、おんぶとか慣れてるけど。 その誰よりも兄貴は軽かった。 おんぶしようと抱えたときにあまりにも軽くて。 俺はかなり驚いた。
「俺はいいんだよぉ。このプロポーションを意地してるんだから〜」
どんな理屈だ。 思ったけど口には出さずに、黙って歩いていく。
いつも兄貴が田渕さん達と飲みに行く度にむかついてたけど。 そのおかげでこうやって二人で帰れるんだから。 たまには、いいかもなんて思った。
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