「ちーっす」 久々にマスターんとこ顔出したら、珍しくマスターだけしかいなかった。
「お、バンビ。珍しいな、一人なんかよ?」 「ん〜モー子は今日バイト」 「だから一人寂しく飲もうってことか。」 「寂しくは余計!」
笑ってるマスターを睨みながらソファに近づく。 まあ、ヒマだからってのもあったけど だけど俺がモー子とつきあってから、仲間と飲む機会も少なくなったし。 みんキレなの顔見てないなあって思ったから、今日はきたんだけど。 今日に限って誰もいないし。 タイミング悪いの〜。 なんて思いながらソファに座ろうとしたら、そこには先客がいた。
「なに、どうしたの」
キイに染まった金髪の頭が、ソファに転がっていた。
「春の大会、優勝しただろ?」 「うん」 「それでアニの監督っぷりが認められたらしくてさ。ドラ猫が戻ってきたってのにアニ続投させられてるらしい」 「マジ?」
そういえば、春の試合終ったってのに姿見ないなあと思ってた。 マスターんとこくりゃ必ず揃ってたのに、アニの姿だけ見えなくて。 なんでだろうって思ってた。
「センコーは期待してくるは、純はうるうさいわで遊びにも行けないわでとうとうキレたらしい」 「そんで、逃げてきたってわけ?」 「そ。しっかしここじゃすぐ純にでも見つかるのにな〜」
ただでさえ「アニセンサー投入」なんて言われてる純だ。 こんな、誰でもアニの行き先の1番に思い浮かぶであろう場所に隠れても無駄だろう?
「つーことで、アニのお守頼むな」 「はあ?」 「買いだし行きたいんだけど、アニがこれじゃん?だからさ」 「まあ、別にいいけど」 「そうか!?じゃ、頼むな〜。」
マスターはいそいそと出て行った。 残ったのは、俺とアニだけ。 二人きりになった。 二人だけって、結構久々な気がする。 いつもぶっさんとかうっちーがいたから・・・・それにマスターは必ずいたし。 それもいない、本当に二人だけの空間なんて、高校んとき以来じゃねえ? なんか、そう思ったら落ちつかなくなった。 アニと、二人きり。 しかも、相手は寝てる。 据え膳食わずは男の恥ていうし・・・・って据え膳ってなんだよ!? わ〜!!今のなし!
「ん・・・・」
ふいに聞こえてきたアニの声に、びくっと肩を竦ませる。 起きた・・・・? 顔を覗きこむと、アニはまだ眠っている。 すやすやとした寝息を聞いて、ホっとした。 別に起きてもいんだけど・・・・ だけど、勿体無いような・・・・
「あ〜・・・コイツまだ目冷めないのかよ〜。」
不意に思い浮かんだ気持ちを書き消すように、他のことを考えようとする。 だけどそれは余計アニのことを意識してしまうようで。 なんとはないしに覗いた寝顔に目を奪われてしまった。 まつげ長いよなあとか思い始めて、 段々と下へ下っていって、そして目についたのは、キレイな赤。
「相変わらず、唇赤いよなあ」
唇にリップをつけたわけじゃなく、口紅を塗ったわけじゃないのに。 アニの唇はきれいな赤に染まってて。 それが女の子みたいで、ドキっとしたりしたけど。 今思えば、あれは唇ってだけじゃなく、「アニの唇」だからドキっとしたんだろうって思う。 だって、他の人がどんなに魅惑的な唇の色してたって。 アニを見たときの思いには叶わないだろうって思った。 それはつまり。 唇の色うんぬんじゃなく。 アニだから、なんだと思う。 アニが関係してるなら、どんなものでも愛しいし。 大事にしたいって思う。
「あ〜あ。なんか末期って感じだよな」
寝顔を見れて嬉しいなんて思うんだから。 かなり重症だと思う。
そのまましばらくアニを観察してたけど。 不意に聞こえてきた寝言に、ショックを受けた。
「ぶっさん・・・ダメだよぉ・・・」 はあ!? ぶっさんって・・・ダメって何がだよ!? どんな夢みたんだよぉ!
アニの呟きに、一気にテンションが下がった。
そばにいるの俺なのに。 なんで、ぶっさんの夢なんだよ! 夢でさえ、ぶっさんに負けんのかよ、俺!
「おい、アニ!!」 今すぐ起こして真相を聞きたかった俺は、アニをゆすって起こした。 すると、何度か瞬きしたあと、ゆっくりと顔を上げた。 「ん・・・・なに・・・・」 「今なんの夢見てたんだよ!」 「は・・・夢?・・・・見てた・・・?」 「見てた!寝言言ってた!」 「寝言・・夢・・・なんだっけ・・・・」 まだ寝ぼけてるのか、ぽやんとした顔を浮かべながら答えるアニ。
あ〜かわいい・・・かも・・・・
なんてんじゃなく! 夢見たのにまったく覚えてないのかよ!! そりゃ、夢って忘れること多いけど・・・ だけど、今さっきまで見てたものなのにさ。
「なんでそんな気になってんの?」 「え・・・別に」 ぶっさんの名前呼んだからなんて、言えるわけないし。 仕方なしに、曖昧に答える。
「つか、喉渇いた〜ビール!」 「今マスターいないから、飲みたい放題だよ」 「マジで!?」 アニは飛び起きると、急いでビールをグラスに注ぐ。 俺も一緒にカラになったグラスにビ―ルを注ぐ。
「じゃ、かんぱ〜い!」 「何にだよ!」 「う〜ん・・・・童貞に?」 「もう違うっつーの!」 「じゃ・・・・脱・童貞にかんぱ〜い」 「なんだよ、それ!」
俺が怒ると「まあいいじゃん」なんて笑いながら言う。 納得いかないけど。 童貞うんぬんは置いといて。 こうやってアニを独占出来るなんて滅多にないから。 まあ、いいかな〜なんて思った。
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