俺が野球で有名になった頃から、兄貴は「アニ」と呼ばれるようになった。 誰が言い出したのかわかんないけど、気づいたら周りみんなそうゆう風に呼ぶようになってた。 最初の頃は「ふざけんなよ!」って怒ってたけど、最近では諦めたのかアニと呼ばれても何も言わなくなった。
俺は、それが気に食わなかった。
だって、俺の、俺だけの兄貴なのに。 俺だけが呼べるのに。 それが兄貴の仲間だけじゃなくて俺の周りでもそう呼んでるから余計ムカツイタ。 おまえらの兄貴じゃねーんだよ。 俺だけの兄貴なんだよ。 俺の、「アニ」なんだよ。
それを、あの仲間とか周りのヤツラに大声で言ってやりたかた。 けど兄貴が許すわけないし。 怒らせると後うるせえし。 それに、俺の兄貴ってのには変わりないし。 そう思って我慢してた。
けど、その日、兄貴がすっげ不機嫌な顔しながら帰ってきた。 田渕さんと出かけたから、また酔って帰ってくると思ってたから少し驚いた。 なんかブツブツ言いながら居間に入ってくる。 なんかあったのか? そう思ったとき、兄貴と目が合った。
「純〜」 「なんだよ」 「オマエは俺の下の名前わかってるよな?!」 「はあ?」
突然何言い出すんだ。 兄貴の下の名前・・・・知ってるに決まってるだろ。 自分の兄貴の名前をわかってないやつなんているわけないだろ。
「だって、ぶっさんもマスターも答えないんだもん」
その時のことを思い出したのか、また頬を膨らませて怒り始めた。 どうやら、兄貴の仲間に下の名前を聞いたら答えなかったらしい。 なんだ、今でも「アニ」って呼ばれるの嫌だったんだ。 嫌っていうか、下の名前を誰も呼んでくれないから嫌なだけか。
「いまだに拘ってたんだ」 「つーか、誰も呼んでくれないっつーのが嫌なんだよ!」
まあ、そのキモチもわかる気がするけど。 俺も兄貴が高校生の時「佐々木の弟」とか言われてたし。 上級生とか高校入ったばっかのときはずっとそれで変に注目されててヤだったし。
「何、呼ばれたいの?」 「まあ、たまにはな」
そいえば、兄貴の彼女になる女でさえ「アニ」と呼んでた気がした。 誰もがみんな「アニ」と呼んでる中、俺だけが下の名前呼ぶのもいいかもしれない。
「じゃ、俺が言ってやろーか?」 「マジ?・・・でも弟に呼ばれてもなあ」
なんだよ、それ。 人が呼んでやるっていってんのにさ。 むかついたから、わざと呼んでやることにした。 しかも、ちょっとイタズラしてやろうと思った。 兄貴に近寄ると、耳元に顔を寄せて。
「兆」
兄貴にだけ聞こえるようにぼそと言った。 すると、兄貴は思った通りの反応をした。
「・・・・やっぱ呼ばなくていい」
顔を真っ赤にさせて言う兄貴に、してやったと笑った。
その日から兄貴の名前は、俺だけの特別な呼び名になった。 呼ぶ度に兄貴は真っ赤になって照れるから、時々呼ぶようになった。 兄貴の名前は誰も知らない、俺だけの呪文になった。
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