街中を走る俺の顔を、通りすぎる人達がすげえ顔して見てくる。 きっと今すげえ形相なんだろうと思ったけど、そのままにしてた。 俺がこんな顔して走ってるなんて、明日はきっと噂になってんだろうな。 木更津のヒーローとか言われてるらしいけど、そんなの俺の知ったことじゃないし。 つーか、そんなのに構ってるヒマなかった。
「純の兄ちゃん、木更津を出るんだってな」 「は?なんだよ、それ」 「うちの担任純の兄ちゃんを受け持ってたらしくて、さっき職員室で話してたの聞いたんだけど・・・」
知らなかったのかよ?とか言われて。 兄貴のことをダチに言われて初めて知るなんて・・・・ しかも、木更津を出ると。 それは俺のそばから離れるって言われたも同然で。 気づいたら教室を飛び出してた。
俺が野球を始めてから兄貴との距離は開いた。 けど唯一の共通点でもあるから辞めることが出来なかった。 三つ差だから学校も違うし、当たり前だけど学年も違う。 いつも兄貴のそばにいるアイツラに比べて、俺と兄貴の繋がりは一つだけしかない。
「血の繋がり」
だけどそのたった一つが俺にとっては煩わしいものでしかなくて。 だから、それとは関係なく兄貴との繋がりを持っていたかった。 そうすれば、昔みたいに・・・・・俺の、俺だけの兄貴でいてくれると信じてた。
それなのに、兄貴は離れていく。
そんなの聞いてない。 俺に黙っていくつもりかよ? 俺になにも言わず・・・・・消えようと。 そんなことも話さないほど、俺達の距離は遠くなったってのかよ?
そんなこと許さない。 黙っていかせられるか。
「兄貴」 ノックと共にドアを開けると、以前来た時とは比べものにならないほど何もなかった。 ・・・・正確には、ダンボールが置かれていた。 その殺伐とした部屋が、あの言葉が本当だと物語っていた。 「兄貴、木更津出るってホントかよ?」 「ああ。あっちに就職決まったから」 さらりと言われて。 それが余計頭にきた。 「んだよ・・・・・そんなこと聞いてねえよ!」 怒りに任せて言った言葉に、兄貴は呆気にとられた顔を浮かべた。 なんでアンタそんなに冷静なんだよ。 俺ばっか怒って・・・・馬鹿みてえじゃんか。 「なあ、なんでだよ?」 「一々言うことじゃねーだろ?」 至極当たり前のように言われた言葉に、俺はひどく落ちこんだ。 コイツは、なんもわかってないんだよな。 俺が、今までどんな気持ちでここにいたか。 今・・・どんな気持ちかなんて、考えたこともないんだろ。 俺のことなんて、全然考えないんだろうな、コイツは。 「兄貴、全然わかってないよな」 力なく言ってドアを閉めた。
次の日、親に高校で寮に入ることを言った。 実家から充分通える距離だったけど、兄貴がいない家に居たって意味ない。 家にいると嫌でも兄貴の姿を探して・・・・そこに兄貴がいないことを思い知らされる気がして。 そんな思いを抱えたまま野球なんて出来るわけがない。 兄貴との繋がりである、野球を。 兄貴がいなくなった時に、兄貴のことを考えながらなんて出来るわけない。 「せっかく俺がいなくなるから部屋もう一つ使えるようになるのにな〜」 ・・・・ホントにわかってない。 わかってないから言える、残酷な言葉。 どうせ離れていくなら無理やりにでもわからせてやろうかと思ったけど。 そうしたら本当に兄貴との繋がりがなくなってしまう。 だから俺は黙って去って行く姿を見送った。
見送ることしか、出来なかった。
|