トントントン 階段を駆け登る足音に 胸が高鳴る。
「おはよう!」
元気よい声が狭い部屋に響く。
「新聞来てる?」 私の上司だった人は ひと月に 数回しか現れない。
朝日新聞を取っている彼は 地方の新聞の地方の情報を 得る為に ここへ寄ると必ず そう言って 休憩室に 入ってきた。
彼は私とたいして変わらない年齢だと思う。
若いのに髪の毛は真っ白で 背も小さくて お猿さんみたいだけど あったかくて 物静かで 彼がいるだけで 空気が和らいでくる。
そして 物知りで でも知ったかぶりじゃなくて いろんなことを教えてくれた。
たった30分。 朝の30分・・・どういうわけか 2人きり・。
2人でコーヒーを飲みながら 色んな話をした。
政治・経済・株・故郷・家族・遊び・仕事・人生観・・・・
穏やかで 静かな 2人だけの時間は その頃の私にとって なくてはならない憩いの時だった。
打ちのめされるような悲しい出来事も 彼の深い眼差しを見ると忘れられた。
せつなくなるような思いも 彼のあたたかい言葉で 吹き飛んだ。
ひと月に 数回だけ 30分の逢瀬。
短い短いデートは 私の心に たくさんの思い出を 残してくれた。
ある日 突然 彼は転勤することになる。
もう逢えない
もう話せない
もう顔も見れない
もう声も聞けない
もうこの気持ちにそっと蓋をしなくてはならない
そう思ったら 悲しくて 哀しくて 淋しくて 寂しくて
でも 元気に笑顔で お別れした。
家路に着くと 誰も居ない部屋で 泣いた。
なんで 泣くの?
好きだったの?
どうにもならないと わかっていても 理性ではわかっていても 人間には感情がある。
好き 大好き どうしようもなく わけがわからないほど 愛してしまう・・・・
生きてるんだもん。 結婚してるからと言って この感情がなくなったら きっと つまらない人生になるだけ。
素直に 自分の感情に溺れてみるのもいいのかもしれない・・・
大好きでした! 山口さん。。。
|