マニアックな憂鬱〜雌伏篇...ふじぽん

 

 

「愚かなるラブゲーム」の隣の席で - 2004年08月17日(火)

 僕たちがその店のカウンターの片隅でビールを飲みながら夕食を摂っている隣で、かなりできあがっているらしいその若い男は、3分の1くらいしか残っていない焼酎のビンを傾けて中の液体をまたグラスに注ぎ、熱く語り続けていた。

「オレだって、まだ夢があるんだよ!陶芸家になって、地元の人に名前を聞いたら、『ああ、あの人ですね』と誰でも知っているような有名人になりたいんだ」

彼の隣には、薬指に指輪を嵌めた、比較的美しい女性が座っている。
彼女は酔ったこの男の話をまともに聴いているのやらいないのやら。
あまり自分の前の酒に手もつけず、ときどき何か小声で返事をしていた。

「だいたいさあ、子供がデキナイのだって、ダンナとの相性とかもあるだろうし、これからうまくいく保証なんてないよ!向こうの両親とのこともあるし、地元をとるか、ダンナをとるか、どっちかにしないとしょうがない。オレも力になるからさ」

その女性は、まんざらでもなさそうなふうで、何かをゴニョゴニョと囁いた。

「いや、子供にとっては、やっぱり母親だよ!うちの娘なんか、もうずっと会ってないけど、父親なんかどうでも良さそうだもの」

どうやら、この二人は昔からの知り合いで、男のほうはバツ1以上、女性のほうは、夫と今ひとつうまくいっていないみたい。そして、男のほうは酔った勢いなのか、この女性を口説いているようだ。


所詮、酒の席での見ず知らずの他人の話だ。
タダで見物するのは勿体ないくらいだったが。

僕はこの話の「陶芸家」のところで口に含んだビールを噴き出しそうになり、「オレも力になるからさ」のところで、口の中の唐揚を気管に詰まらせそうになった。世の中には、まだこんなリアルバカな口説き文句があるのだな。
そんな簡単に陶芸で飯が食えるのなら、僕だって陶芸家になっている。
そもそも「夢」とかいいながら、その年で陶芸教室にすら行ったこともないのだろうし、僕が急に「プロ野球選手になる!」と言い出すのと同じくらい笑止千万なことなのに、本人は全然そう思っていない。頭の中がハウステンボスのチューリップ祭り。

思わず「陶芸家、だってよ」と隣で御飯を食べていた彼女に小声で話しかけると、「まあ、あなたは自分のできないことは言わないタイプだもんね。もともと『夢を語って実現させる』というよりは、『できそうなことしか言わない』っていう感じだけど」
という返事がかえってきた。
たぶん、それは当たっているのだろう。

僕は内心彼らをバカにしながら、自分の分を自分で勝手にわきまえてしまっているということに、なんだかとても悲しい気分でもあった。
「冷酷なリアリスト」というほど勝負に冷徹にもなれず、さりとて、愛する誰かのために命を賭けるほどエモーショナルでもない、そんな人生。

「それはそれでいいんじゃない」彼女は言う。


なんて愚かな不倫予備軍カップル!

実生活はもちろん、ネット上ではさらに、こんな光景を目にすることがある。
行間が空きまくった愛の賛歌のカケラを読みかけて、僕は「戻る」ボタンを連打する。
まあ、やりたきゃ勝手にやってくれ、と。


彼女は、子供の頃から大切な人に傷つけられてきた。
そして、彼女が僕を選んだ(いや、今のところ選んでいる、というべきか)理由は、おそらく「自分を裏切る可能性が低いオトコ」だと判断しているから、なのではないだろうか?
「好き」よりも「裏切らない」のほうが、優先順位が高いのではないだろうか?
そんなことを僕はときどき考えるのだ。
それは打算なのかな?という軽い疑問とともに。

僕たちは「建設的なカップル」などではなくて、お互いに欠落したものを埋めあおうとしているだけなのだ。
ゲームのように「バカな口説き口説かれ」をしているこの隣にいるカップルよりも、さらに切実かつ用意周到に。

「うそつき」という意味では、僕らは何も変わらないのかもしれない。
それでも僕には、こういう「好き」しか思いつかなくて、今日もまた日常は繰り返される。


でも、それでいいのだ、きっと。
僕らはたぶん、それなりに運がいい。



...




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