悲しき「温度差」 - 2004年05月23日(日) 蓮池さんと地村さんの子供たちが日本へやってきて、曽我さんの夫と子供たちは、北朝鮮に残った。昨日の夜の家族会の会見は、僕にはとても痛々しく感じられるもので、彼らが小泉首相を「あなたにはプライドがあるんですか!」という光景には、正直なところ嫌悪感を覚えずにいられなかった。「予想されたなかで、最低の結果だった」確かに、そうなのかもしれない。多額の支援と5人の子供たちの帰国。拉致被害者の再調査については、調査そのものは約束させたものの、期限も決められず。平壌宣言が遵守されれば、経済制裁は行わない、という言質まで与えてしまった、というような結果は、彼らに失望をもたらしたのだろう。 彼らが言っていることは正しい。あれは確かに「屈辱外交」と言われても仕方がないものだし、拉致した側に援助を与えて被害者の家族を日本に連れてくるなんていうのは、理不尽極まりない。まさに「盗人に追い銭」だ。 でも、実際にそういう「正しさ」を振りかざして小泉首相を罵倒する家族会の一部の人たちを見て、僕は首相はかわいそうだな、と思った。 家族会の人たちが望むような「最高の結末」というのが現状で急に得られるとは考えにくいし、何より小泉首相や日本政府が彼らを拉致させたわけではない。それなのに、どうして「あなたにはプライドというものが無いのか!」なんて罵倒されなければならないのか。 もちろん、拉致された人たちには何の罪もない。普通の生活をしている人が、プロの工作員の手にかかれば抵抗なんてできるわけがないし。 家族だって「どうして自分たちがこんな目に…」という気持ちがあるだろうし、長い間何もしてくれなかった日本という国に不満があるのは当たり前のことだろう。彼らだって、きっと疲れているのだ。 しかし、正直なところ「家族を取り返すために経済制裁を発動しろ!」とか「日本も核武装すべきだ!」という家族の一部の発言内容については、僕は「巻き込まないでくれ…」と辟易してしまうのだ。彼らがそう言う心情はわかるが、その通りにする必要はない、と感じてしまう。 僕自身だって拉致されていた可能性がないわけでもない。それでも、今ヘタなことをして日本と北朝鮮のあいだに決定的な決裂が起こる(そして、ノドンとかテポドンが降ってくる)よりは、「まあ、多少屈辱的でも、少しずつ関係改善したほうがいいんじゃないかなあ」なんて思う。「それは日本国民として無責任だ」という向きもあるだろうが、実感として、あんな国と戦争するなんてバカバカしいし、それに自分が巻き込まれたくない。 たぶん僕は「事なかれ主義者」なのだと思うし、「拉致された人たちの家族の気持ちをわかっていない」のだろう。そういう「当事者意識の欠如」というのが、歴史を不幸な方向に導いたことも多かったはずだ。 でも、やっぱり「同じ感情」にはなれない。 そこには、決定的な「温度差」というものが存在していて、結局それは、僕がどんなに相手の気持ちになっているつもりでも、ずっとずっと埋まることがない性質のものなのだろう。 そして、そういう「温度差」がなければ、生きていくのは本当に難しい。 拉致被害者のことで世間の目がテレビに向けられている間にも、病院ではごく日常的に多くの人が命を落としているし、アフリカでは餓死している人たちもたくさんいる。それをすべて「自分のこと」として受け止めて生きていくのは辛すぎる。僕だって、自分のことで必死なのだ。 それでも、「自分が冷たい人間である」ということを実感するのは、悲しいことではあるんだよなあ。 ...
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