〜春〜 - 2002年06月06日(木) 〜春〜 一年半前に男にフラれた。 彼氏いない歴18ヶ月。 フラれた、ということよりも大きな傷跡を残したのは 当時付き合っていた彼の最後の言葉だった。 「ちゃんと、二人になりたいんだ」 と彼は言った。 「は?」 何を言われているのかわからなかった。 「麻衣はいつだって一人でいるんだ。僕と二人でいるときも。 楽しいことも、悲しいことも、全部一人で抱えてるんだ」 私より5つ年上の彼は、誠実で頭の回転が良く優しかった。 私は彼のことがとても好きだった。 「どうしてそんなこと言うの?私はいつだってあなたに」 「わかってる。麻衣はいろんな話を僕にしてくれた。 楽しいことも、悲しいことも。だけど、麻衣は僕を心の中に 入れてくれない。僕が何を言ったって、君の心には大きな 壁があって、その壁を僕は越えることが出来ないんだ」 「言ってることが全然わかんないよ」 私はそう言って彼を見つめたけれど、彼の顔はとても 寂しげで・・・その中に強い決意が見て取れた。 −−−彼は私と別れようとしている。 結局、私と彼は別れた。 半年くらいは、その事実を受け入れることが出来なくて 彼が言った言葉の意味すら考えられなかった。 ただただ、彼との3年の歴史をなぞっては泣いていた。 8ヶ月後くらいに、泣くのにも飽きて私は考え始めた。 彼の最後の言葉の意味を。 「チャントフタリニナリタイ」 「マイハイツダッテヒトリデイルンダ」 私はどんなときも彼と一緒にいると思ってた。 私は「二人で」同じ時間を過ごしていると思っていたけど 彼はそう思ってはいなかったんだ。 「麻衣はいつも一人でいる」 と思っていたんだ。 私はずっとずっと一緒にいたいと思ってたよ。 彼もそう思ってると信じてたんだ。 ・・・バカみたい。 あの人は私のことなんかちっともわかってなかった。 ・・・バカみたい。 「なら、私はどれくらい彼を知っていたんだろう?」 知ってることを指を折って数えていく。 彼の好きな食べ物、よく読む雑誌、好きな色、お気に入りの ドライブコース・・・。 ここまで考えて、私は呆然とした。 それを知ってるから、どうだっていうんだろう? もっと大切なこと・・・彼がどんなことに喜ぶのか、何に悲しく なるのか、許せないと思うポイント・・・。 彼について、私は何も知らなかった。 何もわかっていないのは私の方だった。 3年も一緒にいたのに。 このことに気がついたとき、何かが弾けるように彼の言葉の 意味が解けていった。 彼はいつも、私が喜ぶと嬉しそうにしていた。 彼は喜ぶ私の視線の先を一緒に見つめていた。 私が悲しいとき、彼は私の話を真剣に聞き、アドバイスをくれた。 私は、彼の視線の先にあるものを見ようとはしなかったし、 彼からのアドバイスにも耳を傾けたりしなかった。 確かに私は一人だった・・・。 まるで子供に返ったようだった。 身の回りすべてに臆病になった。 誰かを傷つけたり、自分も傷ついたり、そういうのはもう嫌だった。 触れてくるものに対して、私は決して深く足を踏み入れたり しなかったし、誰のことも私の領域に踏み込ませなかった。 それが、同じ過ちを繰り返さない一番手っ取り早い方法だった。 「もう、誰のことも好きにならない」 と思っていた。 これから先は一人で生きていくんだと思っていた。 自分ほど「欠けた人間」はいないと思っていた。 それが。 彼と別れて1年3ヶ月目。 私はまんまと恋に落ちた。 同じ課にいる、二つ年下の男の子。 どうして好きになったか全然わからない。 自分でも信じられない。 だけど、確実に私の目は彼を追い、耳は彼の声に敏感に反応した。 絶対に誰にも悟られてはいけない。 絶対に想いが実ることを望んではいけない。 なんとかして、あきらめなくてはいけない。 私は「二人にはなれない」から。 上手に二人になれる方法は、どこへ行けば見つかるだろう。 どんな私なら、二人になれるだろう。 想いは打ち消しては浮かび、私を重くさせた。 ある日。 私は会社の屋上で、ぼんやりとしていた。 晴れていて、日差しが心地よくて絶好の昼寝日和。 襲いかかる眠気に勝とうと、風に当っていた。 そこに宮本くんがやってきた。 「あ、土橋さんもいたんだ」 私を見つけて、彼はにっこりと笑った。 「うん」 私は屋上に1つしかない丸イスを渡そうと立ち上がった。 鼓動が早くなっていた。 「私はもう、休憩したからどうぞ」 「いい天気だね〜」 彼は立ち上がった私の言葉を聞こえなかったように言った。 私も中途半端に立ち上がったまま、返事をした。 「ほんとね」 「今週の日曜日も天気がいいらしいよ」 「・・・そう」 「ドライブに誘いたいんだ。今度の日曜日」 「え?」 「土橋さんのこと、ずっと気になってて」 びっくりした。 私の顔をじっと見て、彼は返事を待っていた。 そのまっすぐさが、私を臆病にさせた。 「・・急に言われても・・」 「あ、うん。そうだよね。ごめん。でも・・・当分あきらめる つもりないから」 一緒にドライブに行けたらよかったのに。 「二人」になれる私ならよかったのに。 そして今日。 宮本くんと屋上で話してから三ヶ月が経っていた。 彼は普段と変わらないようでいて、社内での飲み会や 行事には必ずさりげなく私の隣にいた。 私が上司に絡まれているときや、少し疲れていて 早めに帰るタイミングを計ったりしているとき いつも助けてくれた。 私は抑えても抑えても膨らんでくる、彼への気持ちを 扱いかねていた。 3月の中旬、社内行事のお花見。 幹事が妙に張り切って、毎年花見客で賑わう場所を確保したと 言っていた。 私たちは幹事の後をついて、人混みの中を歩いていた。 こぼれそうに咲く桜を、ライトが照らしていた。 ちょっと目を離すと、はぐれてしまいそうなほど人が出ていて 周りは騒然としていた。 風が少し吹いて、花びらがヒラヒラと私の目の前を舞った。 私が思わず上を見上げると、桜の花が視界一杯に広がった。 ・ ・・春なんだ。 春が来たんだ。私がどんな風に生きていたって 時間はどんどん廻って季節も変わっていくんだ。 『彼は二人になれる相手を見つけただろうか』 ふいに、頭をよぎった気持ちに私は思わず立ち止まった。 「見つかってると、いいなぁ」 思わず、言葉が出た。 小さな独り言は、あっという間にかき消された。 「おねーちゃん、邪魔だよ。突っ立ってんなよ」 酔っ払いに背中をドンと突かれて、私は慌てて歩き出した。 涙が出そうだった。 一歩踏み出して、自分の周りに知った顔がいないことに気がついた。 やだ、はぐれた!? とにかく、前に進みながら探すしかない。 周りにいる一人一人の顔をさりげなく確認しながら、3分くらい 歩いただろうか? 「土橋さん!土橋さん!」 宮本くんの声が聞こえた。 私は声のする方を必死に探った。 立ち止まって、彼の声だけに耳を澄ました。 「土橋さん!こっち」 声のする方に振り向いた私の目の前に、彼が立っていた。 「まったく・・・!ちゃんと、ついてこないと。ほら。行こう」 彼が差し出した右手を私はぼんやりと見ていた。 「ほら」 早く、というように彼は右手をブンブンと手のひらを私に向けた。 私はゆっくりと彼の手を握った。 バレないように、こっそりと涙をふいた。 彼の声を受け止められる私になれるだろうか? 急に彼が立ち止まって 「なんで泣いてんの?」 と聞いた。 「泣いてないよ」 「泣いてた」 「泣いてないって」 「泣いてた」 「・・・今度、話すね。ゆっくり。また誘ってくれる?」 私は握った手に力を入れた。 彼も握り返すと、何も言わずに歩き出した。 少し速度を緩めて。 ・ ・・前に進もう。 間違えたら、何度だってやり直せばいい。 いつまでも、同じ場所で座り込んでいるわけにはいかないんだ。 「泣くなよ」 前を歩く彼から聞こえた声。 表情は見えないけれど、耳が赤くなってる。 私まで照れて、小さく頷いた。 彼は振り向かなかったけど、私が頷いたのをちゃんと知ってる。 そんな気がしていた。 -
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