蛍桜

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帰ってこないこと、知ってる


父の話をしてみれば、父はヤクザだった。
父の話をしてみれば、父は片目が見えなかった。
父の話をしてみれば、父は知らないうちに死んだ。

私には「これしか覚えていない」のか
「こんなにも覚えている」のか
どっちを言えばいいのか分からないけど
父の話をしてみれば、父は私の父だった。

私の父を知っている人は何人いるのだろうか?
母はもちろん父を知っているけれど
母は私の父の前にもう一人夫がいたという。
一度離婚して私の父に出会ったという。
母から父への想いが本当に恋だったのか愛情だったのか
確かめるのが困難なほどに父と母が一緒に映っている記憶はない。
今でも覚えている、父の葬式が始まる前。
きっと、あれは父の親友、と呼べる人なのだろう。
その人が、その人の奥さんが、泣いていた。
父が死んだ事に対してなのか、私に同情してなのかは分からないけど
泣いてた。私は笑ってた。何が悲しいのか分からなかった。今も。
その父の親友がこの前亡くなった。
夜中に電話がかかってきて、お通夜に行った。
私には見覚えのない顔だった。記憶の中にない顔だった。
ただその人の家で飼っている大きな金魚だけが記憶にあって
その人の顔も、その人がどんな人であったかも忘れてしまった。
家に帰ってきて、父とその人が映っている写真をみるけれど、
やさしく笑っている父とその人を、思い出すことは出来なかった。

父の父はどこにいるのだろう?
私は一度も会ったことない。
何も言われなかったから死んでいるのは分かっていた。
きっと私が生まれる前からだったのだろう。
父が死ぬ前からだったのだろう。
父は両親がいないまま、育ったのだろう。
父は自分の子供が片親がいなくてもいいと思ったのだろうか?
だから、そそくさと、この世を去ったのだろうか?

父の兄に時々会う。
私は父の兄が通っていた学校に通っている。
父の兄。
誰かが言ってたような気がする。
「俺の弟をよくも殺してくれたな、ってカンジなんだよ、きっと」と。
それから私は父の兄、おじさんを、
ちゃんとみれなくなった。怖くなった。
今でも怖い。同じ高校に通っているということも怖い。
でも、それはしょうがないこと、だよね。

父のことを知っている人。
父の親戚、父の知り合い、父の。。。
でも、私の知り合いで父を知っている人は一人もいない。
私は誰にも、父を紹介することができなかった。
父を、父です、とみんなに言う事ができなかった。
父は私の父で、よかったのだろうか?
父はあの日、バイクで出かけて、よかったのだろうか?

私には分からないけど、
その日から、バイクには乗らないと
固く、心に誓った事だけは覚えている。


父の事を話してみれば、父は私に教えてくれました。
死ということを。
父は一番難しい事を、教えてくれました。
まだ理解できていないけど、教えてくれました。

それでも父は私に涙を与えてくれませんでした。
私は父が死んだとき、泣きませんでした。
今、父の話をされても、父のはなしをしても、
なにも悲しくありません。私は涙をもらいませんでした。

前、一つの小説を書きました。
その小説には、私のように、小さいころに父をなくした子と
私とは違う、思春期の時期に父を亡くした子を書きました。
そして、その中の言葉。
「幼い時に父を亡くしても、その悲しさは麻痺して分からないけれど
思春期に父を亡くしたら、その悲しさのせいで麻痺してしまう」
幼い時に父を亡くした私は、
何も悲しくありません。悲しさが麻痺しているから、分かりません。
でも、思春期に父を亡くした誰かさんは
悲しみで麻痺してしまうほど、悲しみに溺れるのだろうと思います。
今は実感がなかったとしても、
私とは違って、時間が経つにつれて、悲しみがわきあがるのだと思います。
そしてそれと同時に、なにか新しいものが生まれると思います。

私とは違って。



       よくわかんないけどね。


2002年06月15日(土)

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