蜜白玉のひとりごと
もくじかこみらい


2008年11月13日(木) 1キロ以上の意味

11月ももうすぐ半分。この前の土曜日あたりから急激に寒くなってしんみりする。さ、寒いっす。勘弁して。

夜、お風呂にお湯がたまるのを待つ間、お湯つながりで湯たんぽの準備をする。お湯を入れ替えた湯たんぽは布団の中、ちょうど足先がくるあたりに隠しておく。寝るときには低温やけどしないようにこれを端の方へずらす。そうして安心して、ぬくぬくになった部分に足を置いて心穏やかに眠りに落ちる。ああ至福。

夏に痩せて、これでは体力が持たないと思い、この数ヶ月朝も昼も夜もその間も食べ続けていたら太った。当たり前だ。元の体重プラス1キロだけれど、このジーパンのウエストのきつさは何であろう。1キロの違い、XキロとX+1キロ、ここの1キロの違いが私には1キロ以上の意味があるらしい。肉がつく順番はお腹→背中→膝まわり→太もも→お尻→いよいよ顔、そして腕には不思議とあまり肉がつかない。お腹→背中と来たあたりで手を打たないともうたぶん、戻れない。戻るのにすごい苦労する。戻す気力が失せる。小さい頃からお腹が弱く、今も胃腸の消化吸収能力が低いから、きっとこれから先もそんなに、例えば人相が変わるほど太ったりはしないだろうけれど、それでも加齢による変化にはある程度逆らえないわけで(逆らうつもりもあまりないし)、太っちゃダメ、と相方から折々言われている身としては、この1キロの持つ意味に一抹の不安を覚えないこともない。体の輪郭がどんどん曖昧になっていく。そんなことではいかんのだよ。

いつもと違うこのおかしな文体はと言えば、連日、川上未映子ブログ「純粋悲性批判」を読んでいるからであって、もちろん川上未映子氏のそれとは似ても似つかないけれど、私という勝手なフィルターを通過した揚句に放出されるとこういう具合になるらしい。おもしろい。おもしろがっているの自分だけ。

このリズムならどんなことでも書けそうな気がしてくるからおそろしい。垂れ流し的に。もしくは息継ぎなしで。

書きたいことがあってもちょっと考えて、やっぱ書かない方が賢明だろか、と思って書かなかったり、そうは思ってもと途中まで書いたのに結局消したり、よくあることだ。ひとりごとをはじめた頃の、文章を書くのが恥ずかしいという気持ちはもうないに等しい。今は、誰かの迷惑になりそうとかこれを読んで気を落とすんじゃないかとかそういうことが気になる。そんなに多くの人が読んでいるわけじゃないんだけど。


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