蜜白玉のひとりごと
もくじ|かこ|みらい
| 2004年05月17日(月) |
私は手紙すらうまく書けない/映画「めぐりあう時間たち」 |
作家ヴァージニア・ウルフが精神に障害をもっていたことはよく知られている。夫のレナード・ウルフによれば、彼女の長年の様子から察するに、それはおそらく躁うつ病だったのではないか、と。そして、多くの人が暗く沈み込む彼女をイメージするのは、作品の執筆はうつ状態か、もしくはほとんど平静な状態のときに行われていたからではないか、ということだ。
ヴァージニアの死後、彼女の日記は『ある作家の日記』として出版され、これはその序文に夫レナードが書いたものだ。
数ヶ月、ときには数年の間隔で波のように繰り返される躁状態とうつ状態の間の、ほんの一時訪れる心穏やかな凪のような時期。私の勝手な想像だけれど、ヴァージニアにそのような時間は、実際のところそう長くは与えられなかったような気がする。彼女は常に彼女が抱える病気とともに生きる。そして彼女の苦悩はまた、夫レナードの苦悩でもあったと思う。彼女の病気が少しでも快方に向かうように、田舎に引っ越したり、自宅に印刷所を設けたり、レナードは様々な努力をする。
ヴァージニア・ウルフの作品は私には難しい。今までに『ダロウェイ夫人』と『波』を読もうとしたけれど、どちらも読みきれなかった。今は小説よりとっつきやすい日記を読んでいる。ヴァージニア33歳(1915年)のときから始まって、亡くなる4日前(1941年)まで26年も続いた日記だ。彼女が何を思い、何を考え、どのような人生を送ったのか、とても興味がある。そしてそういう人生を生きた彼女が書いた小説はどのようなものなのだろうか。そのうちじっくり読んでみたい。
映画『めぐりあう時間たち』をきっかけにして、ヴァージニア・ウルフがとてもいきいきと私に迫ってくる。緑に囲まれた落ち着いた環境とは対照的に、ヴァージニアの内面は大きく波打っている。彼女ひとりが特別というわけではなく、人は誰しも彼女のように生きてしまう可能性がある。人が持つ闇の深さを見るようで、空恐ろしい気持ちがする。
|