2005年07月23日(土) |
それは暑い日のこと。 |
MBの番外編で考えている話の、ごく一部をたった今殴り書き。
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男は座敷に踏み込んでくるなり、こんにちはと穏やかな声をあげた。 年は三十を過ぎたばかりといったところか。働き盛りの最盛期を謳歌している肉体は、白に青の縦縞のシャツの袖からのぞく腕に刻み込まれた筋肉の筋として、日差しの強さに黒い陰を落としていた。 アディズから聞いていた印象では、とても幼く頼りなさそうな人物を想像していたのだが、なかなかどうして、どこか陰がありながらもハキハキとした、好感の持てる男だ。現在の地位に着く前も、若くして小さいながらも会社を持っていたという話にも納得が行く。 後ろから冷茶をもってやってきたキリコの姿に気づき、高篠晃は座敷の入り口から急いで奥に移動した。そんなスポンサーの動きをアディズと見守る。足運びはふらつき、お世辞にも運動神経が良いとは言えないが、妙な安定感と楽しそうなその態度が、威厳とはまた違った魅力となって晃を支えているのを見て取る事ができた 。 「お前も残ってくれよ。大事なお客様だ、俺が間違わないようにメモってもらいたいんだが」 冷えた麦茶を並べて退室しようとするキリコに一声――そう、キリコがその言葉に従おうと従わまいと気にしないといった風に声をかけ、高篠晃は、並んで沙汰を待つアディズとハロルに目をやった。 「ハロルさん、だったかな? 秋人から話は聞いてるね?」 「アキヒト?」 ここでの俺の名前だと、アディズが耳打ち。 戻ってきて晃の横に控えたキリコは、戸惑うハロルに笑顔を見せた。 「大丈夫ですよ、ハロル様が名前を変えたくなければ、それ相応に対応してみせますから。アディズさんはこの世界の名前を欲しいとおっしゃられたので、我々が用意しただけです」 ハロルはアディズを睨んだ。 自分の身に起こった突然の事態に戸惑い、感情の起伏さえ感じる事ができずにいたが、このアディズのした改名が、自分たちの世界を捨てた行為だと直感する事ぐらいの判断能力は残っていたのだ。 ハロルたちを横目に、晃はキリコに茶の銘柄を尋ねている。全く知らない土地と用語に、ハロルは目の前の景色がグラグラと揺れるのを察した。まだダメだ、頭がついていけない。理屈ではわかっていながらも、経験と本能が拒否している。こんな事があるわけないと。世界がたった三人のせいで崩壊してしまうなんて、あるわけがない……。 アディズはバツが悪そうにハロルから目をそらした。 「君が来るまで二年かかった。その間、この方が都合がよかったんだ。それだけだ」 パンッと、軽い音が響き渡った。 驚いて振り返ると、晃が自分の目の前で両手を合わせている。打ち鳴らされた掌には、不思議な熱気が立ち込めているような気がした。 「そんな話はおしまいにしよう。過去の話をしていても仕方が無い。名前なんて、それぞれが気に入った呼び名でいいんだよ。もちろん、君を責めてるわけじゃないよ、ハロル。名前に愛着があるならそれでいい、あの世界を忘れたくないならそれでいい。でもアディズは違ったんだ」 にこっと――そう、まるで子供のように、晃は笑った。 この笑顔が、アディズに「大人の財力と子供の無邪気さと、老人の慎重さと少年の頑固さを手にした指導者」と言わしめたのだ。 「ここでは皆が皆を許している。皆、心や体に傷を負っている人たちばかりだからだ。だから君も君自身とアディスを許してやってほしい。それがわかったら、握手だ」 晃はそう言って手を差し出す。 戸惑いはまだ続き、警戒に張り詰めている神経が解けようとはしていない。 だが、今のハロルに、何ができるというのか。 地位も名誉も言葉も人も、ほとんど全部失ってしまった自分には、どうしても雨宿りできる場所が必要なのだ。 泣いて、笑って、そして自分がこれからどうすればいいのかを知る為に。
高篠晃の手は、先に掴んだばかりの冷茶の結露で痛いほど冷たく、湿っていた。 「ようこそ、〈西方協会〉へ。ようこそ、神楽坂の地へ」 晃は満足そうに頷いて、ハロルの肩を何度も叩いた。
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……ま、そんな話をですね。考えてるわけですよ。 最終的には少しエロチックな雰囲気をですね、出せればいいなぁと。 そんなんで、書き逃げスクイズしておきます(失敗)
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