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※盛大にネタバレしてますよ!
さすが鬱映画を撮らせたら右に出る者はいないラース・フォン・トリアー(ほめてます)。監督自身の鬱病体験が投影されたという本作は、ひとまず「地球の滅亡を美しく描いた終末映画」という体裁になってるので、これまでの作品と比べると一見マイルドな口当たりではあるけども、やはり本質的には誰も救われない、とことん憂鬱な映画だと思いました。救われてるとしたらこの結末を「ある種のハッピーエンド」だと言ってのける監督くらいで、それはとても不健全なことだと思う。幻想的な映像とアート風の演出に騙されてはいけない、また惑星メランコリアとは何だったのかとか宇宙の意思とか滅びを前に人は何をすべきかなどと哲学めいた意味をくみ取ろうとしてはいけないのであって、なぜならこれは単純に「世界なんか終わればいい、地球滅亡しろ、一人残らず死んじまえ」っていう病的な破滅願望を正当化して実現させただけの映画なのだから。共感できるかどうかはともかく、その徹底ぶりには純粋に感服した。
第一部「ジャスティン」では、結婚披露宴当日における花嫁ジャスティン(キルスティン・ダンスト)の奇行が延々描かれます。富豪の姉夫婦が時間もお金もかけてセッティングしてくれた披露宴なのに彼女は何時間も遅れて到着し、その後も心ここにあらずな様子でパーティを抜け出したりケーキカットの時刻に客を待たせまくってお風呂に入ってたり、花婿の誘いを断って部屋を出たかと思うといきなり初対面の男の子を押し倒してセックスしたりする(それも野外で)。もうマリッジブルーとかのレベルではなく明らかに心を病んでいる。常識人の姉夫婦はやきもきしててジャスティン本人も周りに迷惑かけてる自覚はあるんだけど自分ではどうすることもできない、それが伝わってきてこっちもげんなりです。しかもジャスティンだけでなく電波な発言で場の空気を凍りつかせる母親(なんとシャーロット・ランプリング)、娘のことなんかどうでもいい父親(なんとジョン・ハート)、仕事のことしか考えてない上司(なんと「ドラゴン・タトゥーの女」のマルティン役の人だった!)等が続々登場し、とにかく見ていていたたまれないお寒い披露宴、それが第一部。 続く第二部の「クレア」は披露宴から数ヶ月後、さらに病状が悪化して身動きがとれなくなったジャスティンが姉クレア(シャルロット・ゲンズブール)の屋敷にやってくるところから始まる。一人では歩くこともできないくらい憔悴しきったジャスティンですが、惑星メランコリアがどんどん地球に近づいてクレアやその夫(キーファー・サザーランド)が不安になるにつれ、彼らと対照的に落ち着きを取り戻してゆきます。そして悟りきった顔で地球は邪悪、生命もみんな悪だから消滅しても嘆く必要などない、などと言う。それが「自分にはわかる」のだと。第一部での不安定ぶりが嘘のように冷静なジャスティンと恐怖で取り乱す常識人の姉夫婦、世界の滅亡を前に立場は完全に逆転し、果たしてジャスティンの言葉(あるいは予言、あるいは望み)通り、地球はメランコリアによって美しく砕け散るのです。 世界の終わりを描くのに惑星の衝突という方法を選んだのは、それがどうあがいても絶対に逃れられない事象だからだと思う。たとえば核戦争とか局地的な災害とかだと生命存続の可能性が出てきてしまうけど、地球自体がなくなってしまえば人類は(というか生命は)問答無用で全滅であり、誰一人例外なく絶対に生き残れない。それくらい徹底した破滅願望をジャスティンの言葉で強引に正当化したうえ極めて美的に実現させる。正しい、美しいものとして。こんなふうにしか救われないのはたいそう苦しいことだろう。
映像は全体通してアートな感じでとてもきれい。特にスローモーションで流れる冒頭数分間が白眉です。あれは一種のイメージ映像というか、ジャスティンの心象風景みたいなものじゃないかな。ウエディングドレスのまま川を流れたり足に何かが絡みついて(劇中でジャスティンは毛糸と言ってたけど)走れなかったり。繰り返しガンガン鳴り続けるワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」がまた効いてる。後半メランコリアが近づいてきてからの、夜空の左端に月、右端にメランコリアが並んで浮かんでる光景なんかも実に幻想的でした。
それにしてもジャスティンを演じたキルスティン・ダンストちゃんがハマリ役だった。すごく良かった。もともとどこか諦めたような悟りきったような、温度のない目つきをしてるじゃないですか。諦観の眼差しというか。子役で「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」に出てきたときからあの目だったので、幼女のままヴァンパイアにされて数十年生きてるという見た目は子ども中身は大人な役にもまったく違和感がなかったことを思い出します。今回はヌードも披露してくれて大サービス。確かカンヌで賞とったんですよね。おめでとう! あと姉役のシャルロット・ゲンズブールも良かったし、キャストはかなり大物揃い。上司の人が「ドラゴン・タトゥーの女」のマルティンだったのはびっくりしたけど(笑)さらに新郎役の俳優さんはこの方の実の息子なんだそうです。親子で共演してたんだ。
初週に観たので映画館はそこそこの入りでしたが、上映が終わって明かりがついても「……」って感じで誰も喋らず、みんな沈黙のまま粛々と出口に向かうさまは(自分も含めて)さながらお葬式でありました。さすがだよトリアー!空気重いわ!!!でもまあ「ドッグヴィル」を観たときよりは疲れなかった気がするし映像結構好みだし何よりダンストちゃんが良かったし、私はそんなに嫌いじゃないですこの映画。決して万人におすすめはできませんが。
****** メランコリア 【MELANCHOLIA】
2011年 デンマーク・スウェーデン・フランス・ドイツ / 日本公開 2012年 監督:ラース・フォン・トリアー 出演:キルスティン・ダンスト、シャルロット・ゲンズブール、キーファー・サザーランド、 アレキサンダー・スカルスガルド、シャーロット・ランプリング、ジョン・ハート (劇場鑑賞)
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