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■ 東西ネタ『あなたの傍に』
コンプレックスがないと言えば嘘になる。 例えば、身長が20センチ以上違うだとか、体重も20キロ以上違うとか、広げた掌の大きさが大人と子供ほど違うとか、背中の広さだとか。 どれを取っても、男としてのコンプレックスが刺激される。悔しいと思ったこともある。どうしてこんなにも違うのかと。どうして同じ男なのに、こんな一回りも二回りも違うんだろうと唇を噛んだことも。 それでも彼に憧れることはあっても憎むことなんて出来なかった。格好良いと、まるで女子高生が憧れの先輩を見るように気持ちが昂ぶる。憧れ。振り向いてほしい。――好き。 だから男同士の壁なんて初めからなくて、この気持ちは憧れなのだとずっと思っていた。自分とまるで違う先輩を慕うのはよくあることだと。自分にないものを求めて羨むのもよくあることだ。 だけど、同じコートの中に立って、彼の背中を見るようになってどうしても、彼を目で追ってしまうことに気付いた。試合中に与えられる無上の信頼。自分の名を呼ぶ彼の声。試合中の真剣な眼差しとは違う、普段の彼の柔らかな視線。それを全て自分だけのものにしたいという、憧れと言うには強すぎる狂おしいほどの感情。 それが「好き」という感情なのだと、本当はとうに気付いていたのかもしれない。気付かないフリをして、ただの憧れだと自分の心を騙して。 それでもはっきり気付いてしまった。 『西谷』と自分の名を呼んで肩に手が触れると、その声でもっと呼んで欲しい、その手でもっと触れて欲しいと思うことに。試合中に『頼む!』と言われると、その信頼を自分だけが独占したいと思うことに。何故自分は二年生で彼は三年生なんだろうと、教室を訪れる度に心が締め付けられることに。 「好き、なんだなあ…俺、」 誰に聞かせるでもなく一人ごちる。見上げた空はどこまでも高くて、何だか吸い込まれそうな気がした。 このまま空に溶けてしまえればいいのに。こんな悩みや痛みなんて、この大空に比べたら随分とちっぽけだ。きっとこんな痛くて苦しい感情なんて溶けて拡散して気にもならないだろう。そうすれば、このどこまでも繋がる空で彼だけを見ていられるのに。 でも、と気付く。このからだを失くしたら、彼に触れられない。彼に触れてもらうこともできない。あの無骨で大きな掌で撫でてもらうことも、凭れた肩に感じるあの温もりも。 それは嫌だと思った。そんな風になるぐらいなら、この痛みや苦しみを失いたくないと思った。ずっと抱え続けてもいい、だから同じ世界で同じ場所に立っていたいと。 結局そう、自分は離れられない。彼から。彼の立つこの場所から。傍にいたいと自分の心が求めていることぐらい、馬鹿な自分の頭でも分かる。 「……好きです、旭さん」 そう本当に口にして彼が離れていってしまうぐらいなら、傍にいられるだけでいい。馬鹿な話ばかりする話しやすい後輩だって思ってもらえればいい。自分と同じ思いで見てもらえなくても、それでも傍にいられるなら。 視線を戻して、両の頬をぱんっと強く叩く。 「うじうじするな、俺!」 そう決めたのなら、それを貫き通す。奇しくも前にそう言われたことがあった。他ならぬ東峰に。いつものへらりとした情けない笑みで言われたので、どうにも説得力がないと皆に言われていたのだけれども。 新しい後輩も入ったし、部活は何よりも楽しい。東峰も戻ってきた。だから他に色々と考えるのは、もっと先にしよう。
今は、東峰がそこにいて、それから自分がここにいる。 それだけで。
2013年10月20日(日)
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