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■ 東西ネタ『名前を呼んで、10』その2
02.流れる時間に
旭さん、と呼び始めたのはいつからだったろうか。 最初は皆と同じように「東峰さん」と呼んでいたように思う。「東峰先輩」と呼ばなかったのは、当の本人が先輩と呼ばれるのを嫌がったからだ。嫌がったと言うより、照れてしまうから止めて欲しいと言われた気がする。でも事実、一つ上の先輩なのだから呼ばない訳にもいかず、結局すったもんだして落ち着いたのが「東峰さん」だった。
「東峰先輩」 声にほんの少しからかいの響きを含ませて呼ぶと、彼は振り向いて自分を確認してから眉をハの字に下げた。 「先輩って止めて」 「じゃあ、『東峰さん』」 「まあ、いいけど…」 ボールを拾いながら小さく嘆息を吐く。 体育館の中には二人しかいない。あとはボールを片付けるだけだからと、彼が後を引き受けたのを見て、つい自分も手を挙げてしまった。他に誰もいないからか、じわりと気になっていたことを聞いてみる。 「先輩同士だと、東峰さんって呼ばないんですね 」 「え?」 「ほら、菅原さんとか澤村さんとか」 「ああ、一年の時から部活一緒だとな、それなりに仲良くなるもんだろ?」 そう言って、彼は自分が見たことのない顔で笑った。それは後輩には見せたことがない顔で、何故かひどく悔しかった。一年の差はどれだけ頑張っても埋められない。 そこまで考えて、はたと思う。どうしてこんなにも悔しくて苦しいんだろうと。 「西谷?」 変な顔をしていたのか、彼が怪訝そうな目で顔を覗き込んでくる。 「…俺、」 「ん?」 「東峰さんの、特別になりたいです」 思わず口から零れ出た言葉に、狼狽したのは彼の方だった。だって、間違ってない。他の一年生と同じように、十把一絡げの後輩として見られるのは嫌だった。『西谷夕』として見て欲しいと思った。 「特別って、どんな」 「呼んでいいですか」 「え?」 「東峰さん、じゃなくて…あの、旭さんって、呼んでもいいですか」 先輩同士が親密に交わし会うように、自分も苗字ではなく名前で呼びたい。そうしたらほんの少しだけ、彼らに近付ける気がする。 「…いいよ」 そんなの、好きに呼べばいいよ。西谷の好きなように。 その言葉は決して突き放すものではなかった。その証拠に、彼は、旭さんは笑っていた。「旭さん」と呼ぶと擽ったそうに笑う。 それがほんの少しだけど特別だと認めてくれた気がして、俺は頬が緩むのを止められなかった。
2013年08月16日(金)
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