Experiences in UK
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2003年08月25日(月) |
第2週 2003.8.18-25 ロンドンの地下鉄、英国料理 |
先週と比べると興奮と緊張の度合いがかなり和らいだ1週間でした。出勤初日に地下鉄に初めて乗った時の緊張がだいぶ昔の話に感じられます。
(地下鉄) 今週は、試みに1週間のトラベルカード(周遊券と定期券を併せたもの)を買ってみたので、これでスイスイと色んな場所に出かけました。スイスイとはいうものの、ロンドンの地下鉄はどのラインも東京の半蔵門線級の深さの場所を走っているため、いちいち長いエスカレーターをのぼりおりする必要があり、けっこう面倒です。エスカレーターといえば、こちらでは急がない人は右側に立つのがルールです。東京とは逆で、関西流なのです(大阪のエスカレーターで左側にぼーと立っていると後ろから「いらち」の関西人に小突かれます)。ここにもイギリスと大阪の共通点がありました。
さて、地下鉄について驚くべきは、その国際性です。カードや紙幣を用いる券売機を操作する際に、まず選択するのは言語です。5、6種類の言語をタッチパネルで選択するのですが、もちろん日本語もあります。また「グリーンパーク」駅構内では、スリに注意のアナウンスが英語と日本語で繰り返し放送されています。さすが国際都市ロンドンの基幹交通といった感じですが、ニューヨークはどうなのでしょう。 なお、先日のFT紙にも出ていましたが、来年から地下鉄の運賃は再度値上げされるらしく、初乗り料金が2ポンドになるとのことです。世界で最初に開通したロンドン地下鉄の車両は小さくてぼろく、しばしば止まります。これに1駅乗るために2ポンド(400円)を支払うのはどう考えても理不尽という意見は衆目の一致するところです。車内のお知らせによると、「お客様のより一層の安全確保のため」に車内にビデオカメラを設置する計画とのことですが、そんなもん要らないから値上げをやめてもらいたいものです。
(ロンドン散歩) 今週はランチタイムなどを利用して、地下鉄でさくっとでかけて街歩きをしました。シティ方面に出かけた際、会社近辺の印象とは異なって、けっこう地味なスーツを着たイギリス人サラリーマンがたくさん歩いていることに気づきました。「グリーンパーク」近辺は観光客とかサービス業者が多いのでラフな服装の人が多かったのだと思います。 その他、「ボンドストリート」や「ピカディリー」などを歩きました。どこもロンドンの中心地ではありますが、それにしても人が多いですね。まっすぐに歩ける場所はほとんどありません。また、イギリス人の平均歩行スピードの速さにも驚いています。歩幅の違いなどもあるのでしょうが、まあ速いです。県別歩行速度が日本最速らしい大阪人の中でもとりわけ速い方の私としては、女性に横から抜き去られるという経験はかなりショッキングでした(とくに女性が速いように感じます)。
ボンドストリートに英国王室御用達の文房具屋のSmythonという店があります。冷やかし半分、でもこちらに来て手帳(ダイアリー)が欲しかったので、試しに入ってみました。実に礼儀正しくて親切な黒人の若い女性店員が付いてくれて、こちらの欲しいものを聞いたうえで、各手帳の違いを事細かに解説し、希望に沿ったものを一生懸命探してくれました。べつにたいそうなものではなくて、日本の書店で売っている能率手帳と何ら変わらないものなので、「そんなん見たら分かる」と思ったのですが、親切な解説にしばらく付き合いました。しかし、ちらりと値札が目に入った時点で適当な理屈をつけて即時撤退することにしました。薄っぺらい能率手帳に75ポンドの値が付いていました。1万5千円ですよ!理解不能です。
(英国料理) 食事に関して特筆すべきは、ようやく伝統的な英国料理の店に入ったことです。ガイドブックには「気軽に入れる英国の定食屋」みたいなことが書かれてあり、一部の英国滞在経験者の方からは典型的な「英国のまずい料理の店」としてご紹介頂いていた「チェルシー・キッチン」に行ってきました。仰るとおり、本当にまずい料理がてんこ盛りで出てきました。嫌いなもの以外で出されたものを残すという、私としてはきわめて珍しい行動に出ざるを得ず、諸先輩のご意見に深くうなずきつつ店を後にした次第です。 どうまずいか。それは、実体験して頂くしかありますまい。
(ローラーブレード集団) もう一つ、今晩(22日夜)、大変珍しいものに遭遇しました。 まだまだ明るい7時半頃、帰宅途中にホテル近くの交差点で信号待ちをしていたところ、前方のビル陰の遠くの方から何やら騒がしい物音が聞こえてきました。音は徐々に大きくなり、ローラーブレードを履いた人々の集団が車道に飛び出してきました。「えらい集団で遊んどるなあ」と思ってみていると、ローラーブレード集団の列は途切れることなく延々と続き、信号が赤に変わってもお構いなしで続々と走り抜けていきました。よく見ると、同じくローラーブレードを履きつつも黄色の蛍光色ジャケットを着用した数名の人々が交差点のすべての車をストップさせるべく交通整理していました。結局、集団の最後尾が駆け抜けるまで2〜3分の時間を要し(明らかに百人をくだらない集団でした)、最後に黄色いジャケットの数名が、青信号を数回にわたって停止されられた車に対して身振りで軽くサンキューと意思表示して去っていき、喧噪は遠のいていきました。交通整理をしていたのは風体から察するに、警察官などではないと思われます。 私はこの意味不明な集団暴走行為を口をぽかんと開けて眺めるばかりでした。ローラーブレードの集団といっても子供ではなく、れっきとした大人たちの集団です。いったいあれは何だったのでしょうか。どこへ行くのでしょうか。何のために公道を滑走していたのでしょうか。さっぱり分かりません。イギリス人らしいなあと思ったのが、そんな奇矯な行動を取っている一人一人の表情をみると、うつむき加減で眉間にしわを寄せた真剣な表情の人が多かった点です。これがアメリカ人であれば、沿道の我々に対し「イェーイ、ホウホウ」とかアピールしながら走り抜けているところでしょう。 それにしても、イギリス・スタイルは、傍観者にとっては不気味さ加減を増幅させるものがありました。
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