文
- 機械のように黙々と
2004年05月12日(水)
眼を閉じると岩屋の天井のようなごつごつとしたテクスチュアが広がる。貧血を起こしているのだと気付いてはいたがそれはどうしようもないことで、安静にして嵐が止むのを待っている。 頭の中では不安定な独楽が回っている。よろめきながらもけして倒れず、だからこそこの頭蓋の中は平穏を取り戻すことができんのだ。 テーブルの上には珈琲カップが置かれている。白い陶製で、底と筒の継ぎ目がひどく滑らかに仕上げられている。カップに残った珈琲は濃く、橙色を帯びて冷めていた。揺れる視界を泳がすように、手を伸ばす。かつんと音がした。しばらく切っていなかった爪がカップの持ち手に触れて、滑る。宙を二、三度引っ掻いて、爪は細く冷たい陶器を掴んだ。 眼を閉じると意識が渦を巻いてちぎれるような気がした。岩屋の天井は流れていく。細く長く続くこの洞は、ひどく奥深い。所々が大きく隆起した黒い無機質の塊は、奥に進むにつれて益々無骨になり、荒々しい形になる。天井は益々低くなる。 この洞の先は、行き止まるだろうか。気がつけば両側の壁も段々と自分の身幅に迫っている。ごつごつと、黒々と、この細い道は、けれども終わらない。終わりはないのだ。道は狭まって、いつかうねり、沈み、ただの闇になる。 闇は独楽の軸に結びついていた。くろくろと、けれど倒れることのない独楽に、意識は巻き取られていく。 カップの下に敷かれた受け皿の傍には灰が落ちている。両の瞼を押し開くと、当然のようにテーブルには珈琲カップがありすぐ傍には灰皿があり、右手には吸い差しの煙草をつまんでいた。灰皿に灰を落とす。ち、と小さな火が散る。唐突に嫌になってその小さな火は潰し消した。灰皿にはぞっとするほど汚い、炎の遺骸が捨てられている。 立ち上がって、吸殻を捨ててくれるように店主に頼んだ。足元の感覚はもう戻っていた。店の中には天井があるが、コンクリートと断熱材と紙とでできた平坦で終わりのある区切られたものだ。頭の上がすっかり吹きぬけたところへ出ようと思った。会計を済ませて店の扉を開いた。 がりがりと音を立てて血管の壁に毒物がぶつかって流れていく。外はもう暗かった。わたしは時間を刻んでいた。
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