文
- ストライプ
2003年02月20日(木)
学校に着くと、案の定まだ誰も来ていなかった。朝練があるわけでもなかったのだけれど、とても自分の部屋にそのまま居続ける気分にはなれなかった。 窓の外をぼんやりと眺めてみた。机の上に頬杖をついてみた。大袈裟にため息をついてみた。 窓から見えるのは半分以上が空だった。そしてどこにも雲が無かった。 しばらく雨の日が続いていて、青い空を見るのは久しぶりだった。光の多い朝も久しぶりだった。
学校に着くまでだらだらと歩いた道のことを思った。 朝もまだ早いうちで、陽がめいっぱいに自己主張をしていた。空一面で青より白が勝っていた。 夏が始まっていたことに今さらのように気がついた。そういえば今日は夏至だった。 日が昇るのも一年でいちばん早いこの日に、太陽より早くに目を覚ましたことを憎らしく思った。 憎かったのは夢の内容だった。
昨日の夕焼けは綺麗だった。陽が落ちてはまた再生するのを日課として見る生活が割と好きだった。空の色にたくさんの言葉を当てはめられるようになったのは高校に入ってからだった。 夕焼けがあるから朝にも朱が生きるんだと思った。そう思ったことを伝えたくてメールをした。 用事が無いならメールしないでと返された。 昨日の朝焼けには蝶が飛んでいた。そのこともわざわざメールしたから怒ってるのかもしれないと思った。青紫の綺麗な蝶だった。好きな色なんだと言っていたのを思い出したら、言葉をかけて欲しくなった。それだけのつもりだった。
用事もないのにメールするのが迷惑だなんて考え付かなかった。すぐに返信してくれることに思い上がっていた。思い上がっていたことに気付いた直後に、彼女の友達に呼び出された。 屋上には、頭の上一面に夕焼けの空が広がっていた。
青紫を好き、と言ったのが嬉しかった。物心ついた時からもらうもの、選ぶものに青紫が多くて、妙な縁を感じていた。彼女の着てくる服に青と紫が多くて、目に付いたのもそれがきっかけだった。 邪険にされたことが無かったから、とても気が付かなかった。 夢の中にいっぱいに広がっていた朱は、たしかに屋上に乗っかっていたあの空だった。
『もう、ウザいと思ってるって』
嫌な汗はもう引いていた。そのくらいのこと、と割り切れるほどどうでもいいことではなくなっていた。一面の朱が心底怖かった。嫌われていたことがわかって苦しかった。 ぼんやりするとすぐに浮かんでくる彼女の顔が憎かった。憎いほど執着している自分はおかしい気がした。彼女の着ていた青紫のシャツが目の覚めるようなあざやかな色で、はっきりと頭に焼きついて苦しいくらいに胸が痛んだ。
昨日だって笑ってたのに。 嫌な顔なんて一度だって見ていないのに。
窓の外の白っぽい空に浮かんだ笑顔が、朱と青紫にひらめいて見えてこめかみが痛んだ。みんな幻想だ。 教室に、まばらに人が集まりだしていた。相変わらず窓の外を見つめたままで、引き戸が開く音にも気配にも気付かないふりをしていた。 そのうちに彼女も来る。顔を合わせることよりも、その顔にどんな表情が乗るのかと考えてみて怖くなる。それでも執着はきっと消えない。まだ六月だ、これから何ヶ月も何ヶ月も、彼女と同じ教室で授業を受けて、きっと目が合うこともあって。 そのたびに胸によみがえるのは、きっと昨日の夕焼け。
頭を振って色を払い落とそうとして、その拍子にちょうど入ってきた人影に気付いてしまった。 瞬時に目をそらしても、もう新しく目に焼きついてしまった、彼女の色。
教室に入っても、席まで行くことをためらう気配。 ふたたび頬杖をつこうとして、でも耐え切れずに顔を向けてしまって、また後悔が胸を襲った。 青紫と朱のストライプが目に映った。
/出題「青紫と朱のストライプが目に映った」
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