文
- 空飛ぶ
2003年02月10日(月)
感傷的だからってすぐ何でも乙女チックだなんて言われたくない。何も知らないくせに決めつけないで、と妹は言う。 死人を出して。台所の出刃包丁を持ち出して妹は外に出ていく。血を吸って笑え、いや輝け、なんて馬鹿。
妹は学校に通っている。夜中になってからやっと部屋から出てくる。外に出るときは出刃包丁を持っている。 昼間に学校に行くのは見た事がない。見ようもない。僕もまた夜中にしか動き出さない。 いつものようにずるりと部屋から這い出した妹のうしろに、僕も同じく這いつくばっていく。 横顔を見せて僕をにらみつける、妹の顔は、左半分がやたらに白ぬられている。美しい。 美しい、僕の妹は美しいのだ。
台所に続く廊下は冷たくて、肌にはりつく感じがする。腹の下にひろがるフローリングは生き物の背中のようである。水と黴と生魚の匂いをかぎわけて、台所の位置を探り出すのは妹のすることで、僕はその妹のうごく尻を追いかけていくだけで良いのだから楽である。
家の照明はすべて落としてある。光など無くても不便など感じない。この家のすべては僕と妹に支配されている。というのは負け惜しみで、二ヶ月前から電気が止められているだけである。 這いつくばらなければいけないというのは、実のところ天井が低まっているからである。 だから台所というのも正確には台所の天井裏である。がしかしそれはどうでもいい。僕たち二人が住む空間が狭くなるのはとても喜ばしいことである。
屋根裏に住み始めた理由は生活空間をその他の場所に見出すことができなくなったからである。 この屋根の下には僕たちの愛が気化して充満している。 前にうごめく妹の尻が視界を塞ぐ。白い脚が頭をからめとる。幸せな死に方をしたい。 ふりかえった妹の手には光もないのに輝く抜き身の刀があった。 にらみつける瞳に一瞬で心臓をとめた。
夜空に向かって落ちていく、飛んでいく自分を刃の仲に反射で見つける。 空飛ぶ夢は成長のあかし。飛んでいく先に幸せがあるか。
/出題「空飛ぶ」
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