文
- 人形劇場
2003年02月01日(土)
『さあ、てっぺんについたわよ』 『ついた』 『ミドリ、お弁当出して』 『だすー』 『天気が良くてよかったわね』 『よかったー』 「ソーコは草の上に赤いビニールシートを広げました。空には雲がひとつも無く、丘の上には気持ちのいい風が吹いていました。」 『今日のお弁当はなあに? ミドリ』 『たまごやき、ゆでたまご、たまごそぼろ、にらたまご』 『たまごばっかりじゃない』 『のみものはミルクセーキ』 『もういいわ。お母さんてば、わたしがたまご好きじゃないこと知ってるのに』 『ぼくはすき』 『あんたのことなんか聞いてないわよ』 『ぼくもおねえちゃんのことなんかしらない』 『生意気!』 「ソーコはミドリの長いひげを引っ張りました。」 『いたいっ、なにするんだよ!』 「ミドリもソーコの長い耳を引っ張りました。」 『この馬鹿! もう遊んであげないから!』
テーブルの上に顔を出して、蒼子は手に持ったウサギの人形を放り投げた。テーブルの足元には、赤い頬をふくらませた緑が、言い返す言葉に詰まって黙り込んだまま座っている。 蒼子はそんな弟を見下ろし、ふふんと鼻で笑った。言葉でも力でも、緑はまだ自分にかなうわけが無い。緑はまだ四歳なのだ。
「ほら、劇を続けるわよ。緑も人形持って」
『ほら、ミドリ、お弁当食べるわよ』
ネコの人形は、テーブルの下に落ちたまま、動かない。 大きなテーブルの向こう側を、いらいらしながら蒼子は覗き込んだ。
『ミドリ! ミドリ! 寝てるの!?』
ふたたびテーブルの上に顔を出して、向こう側から出てこない人形と弟を待ってみる。 と、ひょこり、とネコのひんまがった鼻がテーブルからのぞいた。
『もう! いつまで待たせるの、ミドリってば! あんたのせいで、お弁当もう冷めちゃったんだからね!』 『いいかげんにしろよ、ソーコ。お前はいつからそんなに偉くなったんだ? 姉なら姉らしく、もっと大人になれよ。お前、俺よりも四つも年上なんだろ? 卵も食べられないなんて、恥ずかしくないの?』
蒼子は面食らって目をぱちくりさせた。テーブルの向こうから、ぴょこん、と緑の頭が飛び出した。顔には満面の笑みが浮かんでいる。 緑の隣から、ゆっくりと立ち上がったのは、二人の母親の藍生。
「さあ、反省しなさいね、蒼子? 緑も、けんかなんてしないのよ。 今日はふたりとも、おやつぬき」
蒼子も、緑も、とたんに真っ青になった。
/出題「黒幕」
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