文
- 私は『風の民』です
2002年10月20日(日)
午後二時。場所はスーパーの店先。寒い寒い寒い。 左手首の時計をちらっと確認して、また袖を指先まで引っ張り下げる。寒い寒い寒い。 二、三分ほど前に暴風警報だか大雨洪水警報だか、遠くで放送されているのが聞こえてきた。 僕はどうしてこんな所でアイス食ってんだろう。 目の前は嵐だった。駐車場はがらがらだし、日曜日の昼下がりだっていうのに店の中にも店員しかいなかった。 テレビを見ないっていうのは、やっぱりあまり頭のいいこととは言えないなあ。 腹が減った。家にも何も食べるものはないから、出てきたことはまあ間違いじゃなかったとは思うけれど。安売りしてるからって勢いでアイス買ったのはどう考えても馬鹿だった。寒い。 店の前のベンチに座って雨を眺める。いつになったら止むんだろう、というか、止むのか? 何も十月に台風来なくたっていいのに。
家を出たときには、まだ雨は小降りだった。ずっと楽しみにしていた本の発売日だったから、ためらわずに百九十八円の傘をつかんで駆け出した。今はもう、傘だけじゃ絶対に家まで辿り着けないし。車持ってる友達いないし。……携帯、忘れた、そういえば。 本屋にも本、入ってなかったし。踏んだり蹴ったりだ。
十五分経過。雨脚は弱まる気配、なし。 アイスは食べ尽くした。ていうか寒い。 首をすくめて、腕を組む。来るときは走ってたからなんともなかったけれど、よく考えたら、着てるのトレーナー一枚じゃないか、僕。アイスは自殺行為だった。 腹、減った。アイスじゃ何の足しにもならん。でも、金、必要最低限しか持って来てなかったし。アイス箱買いしちゃったし。……馬鹿だな、僕。脳みそまで栄養まわってないんだろうな。そういえば朝も食ってないや。気、遠くなりそう。 スーパーの店先で寒い寒い雨の中、アイス食いすぎで死亡なんてかっこ悪い。 でも、まあ、仕方ないや。 僕は観念して、ベンチの上に寝転がった。家まで戻るのは、とりあえず放棄。眠ったら駄目だ、凍死するぞ――……ほんと駄目だ、馬鹿なことしか思いつかない。
「本当、こんな馬鹿な人間見たのは初めてだわ」
耳元で声がして、僕は飛び起きた。 とっさには声が出なかった。目の前のものは、確かに人の形をしていた。けれども。 「……小さ……」 彼女は、ベンチの腰かけ部分にさえ届くか届かないかの身長しかなかった。ていうかそんな人間いない。 「あんた、私が見えるの?」 彼女の方も驚いたようだった。……じゃあ、僕には見えないと思って馬鹿だとか言ってたのか。性格悪い。いや、そうじゃなくて。 「……ふつう、見えないもんなの?」 彼女は、ひょい、とベンチの背もたれに飛び乗った。見下ろされているのが癪にさわるらしい。 「あんた、上の次元から落っこちてきたのよね」 やっと目の高さが合って、彼女は満足げに胸をそらす。 「住んでる次元が違うんだから、普通は見えないに決まってるでしょ、私よりでかいのにそんなことも分からないの、馬鹿ね。まあ、私も、この大風で迷子になったんだから人のこと言えないけど」 彼女の小さな手のひらに、光の束が集まった。 「次元の狭間に入った人は、だいたい眠りゃ戻れるわ。じゃ、おやすみ」 光はぎゅっと固まって、彼女の体にはひどく不釣合いな、冷蔵庫ほどもあるスイカバーになった。それをふりあげて、え? 「え? まさか、そんな、え――――っ!?」 後頭部に、衝撃が。
「……痛……」 気がつくと、ベンチの下に転がり落ちていた。雨が直で当たってくる。寒い寒い寒い。 こんな所で寝てるから馬鹿な夢を見るんだよ僕の馬鹿。スイカバーの呪いなのかもしかして。 ああ、本、欲しかったな。CMで見かけた主人公の女の子は可愛かった。あのOVAのノベライズだっていうからすごく楽しみにしてたのに。SFとファンタジーの区別もつかないけどさ。『風の民』ってギップルみたいな奴? 雨は止まなかった。僕は結局、百九十八円の傘で無理して家まで帰った。その後盛大に熱を出して、『馬鹿は風邪ひかない』ってのを嘘だと知った。 信じてたのに。やっぱ僕、馬鹿だわ。
/出題「私は『風の民』です」
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