迷宮ロジック
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ムジナ


2002年02月02日(土) ムジナ 第10章 予兆

第十章──予兆

「準備出来たか」
「うん。もういいよ」

ドア越しにシュンに声を掛けられたときには、すでに準備は整っていた。
ルリが乾かしてくれた制服は暖かいし、ノンアイロンだからしわにもなってなくていい感じ。
荷物は2つだけだし。
とりあえず持っていくのは広辞苑と間に挟んだ「ハンニバル」の前売り券。
そのままでは持ちにくいので、部屋にあった風呂敷に包んで持ってきた。
模様は緑と黒の虎縞。
渋い。なんでこんなものまであるんだろう。
しかし……制服と風呂敷ってものすごくミスマッチだなあ。

ふとルリを見ると、クマのゆうちゃんを背負っている。
「あ、ゆうちゃんはリュックだったんだね」
「うん。そうだよ。可愛いでしょ」
「可愛いね〜。ところで何か入ってるの」
「ぐりとぐらの本と、あとは……えーと秘密☆」
「えー寂しいなあ」
ちょっとすねてみせると、ルリは困ったような顔をして、ごめんね、っていった。
「すごく大事なものだから、人にいったらいけないような気がするの」
「そっか。まあ言いたくないことだってあるよね」
真顔で言われると、それ以上強くは言えなかった。
「でも、大丈夫そうだったら最初にお姉ちゃんに教えてあげる」
「ホント?ありがとう。じゃあ、シュンを待たせてるし、そろそろいこうか」
「うん」
私はなんとなく嬉しくなって、その勢いでドアを開けると。


「やあ」
私は、呆気にとられた。
ドアの前にはシュンが立っていた。
シュンは別の部屋で準備してきたらしい。
それはいいのだけど、背中にはえらく大きなリュックを抱えていた。
夜逃げでもする気なのか。

「あの……その荷物は一体?なんでそんなに大きいわけ」
「いや本とかギターとかいろいろ入ってるし」
「本はともかくなんでギターが」
「いったろ。俺が買ったのは日本童話集と中古のギターだって。
 俺とギターは一心同体なのさ。ふっ」
「そのわりにはさっきは噴水の所に持っていかなかったような」
「一心同体だから強い絆で結ばれてるのさ。ちょっとくらい離れても大丈夫」
「……それは屁理屈だと思うけど」
「まあ気にしない。気にしない」
「気にするよ。ふつー」
「俺は、お前の風呂敷の方が気になるけど」
「い、いいじゃん。日本の伝統文化よ」
「黒子に風呂敷は似合いすぎ……。あいたた。冗談だって」
「あのねー。黒子は禁止ワード。こんど言ったら拳固で殴るからね」
「禁止っていう前に殴るなよ……」

そんなくだらない会話を交わしながら、なんとなく噴水の前までやってきてしまう。

目の前には噴水の入り口のドア。
黒い扉が、なにか威圧するような雰囲気を湛えて、そこにあった。


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月町夏野 |MAILHomePage

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