迷宮ロジック
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ムジナ
2002年01月28日(月) |
ムジナ 第5章 バリュー 第6章 メニュー |
ムジナ
第五章──バリュー
「魔王のお呼びみたいだな」 シュンは不意に苦々げな顔をすると、行くぞと私の右腕を掴み、引きずるようにして歩きだした。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!どこいくのよ」 「噴水の所だよ」 「そこに、魔王が来るわけ?」 「いや、魔王本人って訳じゃないんだが」 気が付くと、ルリも私の左側を小走りで付いてくる。ちょっと遅れがち。
「分かった。行くから引っ張るのはやめてよ。制服が伸びちゃうよ。それにスピード早すぎ。ルリちゃん走っちゃってるし」 ああ、悪い、といってすぐにショウは手を離してくれた。 走ってはいない。だけど、ふつうに歩くよりはかなり早いペースだ。 もともと歩くのが速いのかもしれない。だけど、横顔を見ると、緊張しているのか、こわばったような表情だ。
いったいなにが始まるのだろう。
思わず横にきたルリの手をぎゅっと握る。ルリも無言で握り返してきた。
噴水を間近で見た感想は、「変な建物……」だった。 噴水と言うより見かけは塔に近い。高さも結構高そうだし。
タロットカードでみた「塔」のカードをつい思い出してしまった。 やだな、不吉っぽい。
水は、ただちょろちょろと塔の壁面をぬらすような形で流れているだけで、通常の噴水とはかけ離れていた。 下に溜まっている水は浅そうだった。 せいぜい10〜20センチくらいしかなさそう。 そして不思議なのが、テレビのモニターらしきものが、あちこちに設置されていることだ。 塔の上。塔の途中。水の上。水に半分浸かっているようなものまで。 ありとあらゆるところに様々な大きさのモニターがある様子は、なにか異様な雰囲気を醸し出していた。
それらのモニターすべてが、不意に、発光した。
「な、なに。何が始まるの?」 「まあ、黙って見てなって」 ぶおおおーんと機械音を発した後、ふいに画面には映像が映った。
「ようこそわたしたちの王国へ」 言葉を発したのは、冷たく笑う、見たことのない女の顔だった。
第六章──メニュー
「ようこそわたしたちの王国へ」
大小さまざまなモニターに映ってるのは同じ顔。 高価そうな安楽椅子に座り、喋っているのは、見たことのない女だった。 年齢は二十代なかばか、やや上くらいだろうか。
ひとめ見た印象は、知的な美女。
細身だか均整の取れたプロポーション。 その体を包むのは、チャイナ服に似た、ただし長袖で裾も地に着くほど長い赤のドレス。 艶やかな黒い髪はあごの辺りできれいに切りそろえており、小ぶりの顔には美しいが濃いめの化粧が施されているようだ。 その化粧でも隠せないのが、口元の右側にひとつあるほくろと、あからさまな冷笑だった。
そうだ。女は笑っていた。 画面越しなのに、ぞっと背筋が総毛立つほど、ものすごい笑みだった。 いやだ。この人。 すごくいやな感じがする。
「今度はなんだ」 すぐ右側から声がし、はっと我に返った。 シュンだった。 硬い表情はそのままで、まっすぐ正面の、たぶん一番大きなモニターを見つめている。 「なんだ、だなんて。分かっているじゃないかしら」 張りのある女の声と表情には、あからさまな侮蔑が含まれていた。 しかし、驚いたことには、返答にほとんど時間のロスがなかった。 どこかに音を伝える機械でもあるのだろうか。
「……また、あれをやれというのか」 「あら。分かってるじゃないの」
疲れたようなシュンの声に、からかうような女の声がかかる。
しかし、話が掴めない。 二人が何を言ってるのか全然分からなかった。
「なんのお話ですか」 思い切って声を掛けると、女はいま気づいたかのように、こちらの方を見た、ようだった。 「あら、分からないの。そうね。そちらのお嬢ちゃんは初めてだわね」 「……お嬢ちゃんって私のことですか」 「そうよ。それがどうかして?」 「やめてください。私にはちゃんと名前があるんですから」
「何言ってるの」
不意に、女は声のトーンを下げた。 「あなたたちは自分の立場が分かっているのかしら。」 「何よ。立場って。なに威張ってるの。莫迦みたい。自分こそ何様なのよ!」
おい、と途中でシュンが腕を揺すって止めたが、私は止めなかった。 こんないやな女に絶対負けたくない。と思ったから。
「おお、怖い。」 女はくすくすと笑った。 「知らないなら教えてさしあげるわ。私は女王。この世界を魔王のために、代わって統べる者よ」
「女王……」
私はへたり込みそうになった。 魔王だけではなく、今度は「自称」女王まで……。
「あともう一つ、」
「女王」はさもおかしそうに笑ってみせたが、目はまっすぐに私の方を見つめていた。
「これから始めるのはゲームよ。あなたたちがもとの世界に戻れるかどうかのね」 「ゲームって……なによ」
どうなってるの。この世界は。 私はただもうなにもかも捨てて叫びだしたくなった。
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