迷宮ロジック
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ムジナ
2002年01月27日(日) |
ムジナ 第3章 デビュー 第4章 スクリュー |
第三章──デビュー
「ええとちょっと教えてくれる?」 混乱しながらも、私は事態を確認しようとした。
「まず、あなたの名前は?」 「ルリよ。でも私が先に聞いたのに、お姉ちゃんはお名前教えてくれないの?」 「あ、ごめん。私は神崎美里(かんざきみさと)。ミサトでいいよ」。 「じゃあ、ミサトちゃん、よろしくね。ほら、ゆうちゃんもご挨拶」 クマの手をぱたぱたと曲げて挨拶してくれる。
可愛い。
と、一瞬なごみかけたとき、ドアがバタンと開かれた。 「おいルリ、新顔は目覚めたのか」
これはまた。 思わず、じっと見つめてしまった。
年は20を越えるか超えないかくらいの青年で、身長は170センチ前後、顔立ちはわりといい方だと思うのだけど、なんというか全体的に赤いのだ。 赤く染めた髪、赤い目(多分カラーコンタクトかな。顔だちは日本人ぽいし)、赤いシャツに赤いジーパン。靴下まで赤と来てる。
「火の玉ボーイ……」 思わずつぶやいたら、ぱこんと頭を叩かれた。
「なにいってんだよ!自分だって黒一色の癖に」 「こ、これはうちの高校の制服なんだから。仕方ないじゃないですか!」 「高校の制服だって」 急に、火の玉青年の目がマジになり、ふっと口元だけで笑いやがった。
「ああ。あの私立T女子校ね。」 「な、なんで知ってるんですか。もしかして制服マニアとか」 「違うって。俺は近くの男子校に通ってたんだ。凄いよなあ。夏服も冬服も黒一色って。黒子ってあだ名されてるのもこうやって見るとよく分か……」
最後まで言わせずに、近くにあった枕を投げてやった。 奴は、う、っとかぐっとかむせたような音を立てたけど、自業自得。
「あのね、現役の女子高生を捕まえて黒子呼ばわりは非道すぎじゃないですか。この制服は、ある有名デザイナーにちゃんとデザインしてもらったんですよ。けっこう気に入ってるのに」 「だけど、リボンもシャツも黒って言うのは行き過ぎじゃないか」 「リボンはグレーです!シャツも微妙に色合いが違うんだから。好きで真っ赤にしているあなたに言われたくないです。」 「お前なぁ……」 「なによ!」じーっとにらみ合ってると、とんとんって背中をつつかれた。
「喧嘩しちゃだめだよ〜」 あ、ルリちゃん、なんかまた泣きそうな顔をしてる。
はっと我に返り、慌てて笑顔を作った。 「あ、ごめん。お姉ちゃん喧嘩してるんじゃないの。ちょっと意見の相違を議論していただけだよ」 「なんだよ、ルリに対してはえらく態度違うじゃないか」 「もう、シュンおにーちゃんもやめてよ、せっかく仲間が増えたのに」 「仲間って……」 私は思わずシュン、とか言う名前の青年の頭のてっぺん(多分スプレーか何かで立ててある)を見つめてしまった。
「俺とあんたと、ルリのことさ。いわゆる魔王のとらわれの小鳥たちってこと」 シュン、は頭を掻くと、にやりと笑った。
小鳥たちねえ……キザだなあ。まあいいけど。
そういえば、ルリもいってたけど魔王ってなんのことだろ。 ちょっと気になったけど、先に手を差し出されたので聞くタイミングを失った。
「ま、そういうわけでよろしく。風間シュンだ」 「……神崎美里です。まあ宜しく」 あえて手を握らず下からぺしっと跳ね上げてやった。 不意を打たれたのか、ぽかんとした顔になった。わはは。 「何をするんだ!こっちが友好的になってるのに」 「はいはい、どうもありがとうございます」 「お前なあ……」 再び、嫌な空気が流れ始めたとき。 ルリが、本格的に泣きそうな顔でいった。
「もう、お姉ちゃん達やめてよ〜。シュンちゃんはミサトおねーちゃんを運んでくれたんだよ。噴水の所からルリの部屋まで」
「え、噴水って?」 「あれ、気づいてなかったの?」 シュンがいかにも意外だって顔をした。 「ほら、あれさ」 指さした先。 ドアの隙間から見えたのは。
大きな噴水だった。3階くらいの高さはありそう。 まるで水の塔のようだ。
「これが、この世界の中心にして、元凶なんだ」 「なによそれ、どういう意味?全然分からないよ」 私は、なんだか泣きたくなってきた。 どうして、よりによって私がこんなことに巻き込まれたんだろう。
私はファンタジーなんか大嫌いなのに。
第四章──スクリュー
私はファンタジーなんか大嫌いなのに。
考えてるうちになんだか腹が立ってきた。 「納得いかない。絶対!」
思わず叫んだら、二人ともきょとんとした顔をしていた。
「どうしたのお姉ちゃん」 「どうした?いきなり」 「私は三人姉弟の誰よりも現実的だっていわれてたのに。というか、そうなろうと努力してここまで頑張ってきたのに。いまごろになってどうして、こんなファンタジーっていうより訳の分からない目に遭わなきゃならないのよ。『ハンニバル』の券だって買ったばかりだったのに」
「あのな……」 ふうっとため息をついてシュンがいった。 「兄弟云々はよく分からないが、納得いかない目に遭ってるのはお前だけじゃないんだ。俺だって、間近にライブを控えてた矢先だったんだぞ。」 「それに……ルリだって」 そういってシュンは、軽くルリの髪をなでた。
「親戚のおじさんの家に引き取られる途中だったんだ」 「途中って……」 なんだか、嫌な予感がして、言葉を潜めた。 「ルリは唯一の肉親だったお母さんを事故で亡くしたんだ。だから、そこに行くしかなかった」 「それは……」 何とも言いようがなくて、私は沈黙した。
ルリはただニコニコしている。 その笑顔が胸に痛い。
「ルリちゃん……大変だったんだね」 「ううん」 ルリが頭を振ると髪が柔らかく揺れた。 「ゆうちゃんに会えたし、シュンおにいちゃんもいるし、今はミサトお姉ちゃんもいるからもう寂しくないよ」 可愛いというか健気というか。 思わず私はルリちゃんを抱きしめた。 ルリちゃんは何も言わずに私の背中に手を回してきた。 「お姉ちゃん暖かいね」 「ふふ。ルリちゃんだって暖かいよ」
「……どうでもいいけどさ」 背後から不機嫌そうな声がした。シュンだ。
「こんなところでいちゃいちゃする前に今後の対策を立てた方がいいと思うんだが」 「わあ、シュンおにいちゃん妬いてるんだ」 「あのなルリ……。そうじゃなくってさ」 なんだか、言いずらそうにこほん、と咳払いをうった後、
「ええと、神崎。ひとつだけ聞きたいことがあるんだ」 「何よ?」 「ここに来る前何をしていた」 「え」 そういえば、たしか……。 「雑貨屋みたいな所で買い物してたけど。『ハンニバル』の券と広辞苑を」 「そうか。やっぱりな」 一人だけ納得したようすで、うんうん頷いているのでちょっとカチンときた。 「あのさ、何か分かったんならハッキリいってくれないかなあ」 「ああ、済まない」 そういいながらも、もったいぶって一歩二歩歩いた後、くるりと振り返った。
「俺達がとらわれたのは一つの原因があったんだ」
「原因?なにそれ」 「まず俺は、ふと入った店で中古のギターを見つけたんだ。それと日本童謡集」 「ええと、ルリはゆうちゃんとこの絵本を見つけたよ。お店の中で」 といいながら、枕元にあった一冊の本を取り上げた。 あ。「ぐりとぐら」
「……私は『ハンニバル』の映画の券と広辞苑をかったな」 「で、どこで買ったんだい」 「……得体の知れない雑貨屋」 同じだ、というしるしに二人とも頷いて見せた。
そうすると。もしかして、あのお爺さんが。 「魔王ってあのお爺さんのこと?」 シュンは深く頷いて見せた。 信じられない。だけどそうとしか考えられないかも。
私が混乱していると、どこからかチャイムの音がした。 学校で聞いてるような、ごくありふれたチャイムの音。
「魔王のお呼びみたいだな」 シュンは不意に苦々げな顔をした。
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