迷宮ロジック
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ムジナ


2002年01月26日(土) ムジナ 第1章プレビュー 第2章レビュー

ムジナ

第一章──プレビュー

いつの間にこんな所まで来たのか。
私は、見慣れない通りに立っていた。
いつもの通学路からちょっとだけ違う道を帰ろう。
そう思っただけなのに、私はどうやら迷ってしまったようだ。

辺りには人影もなく、目立つのは田んぼと、直線に伸びるヤケにだだっ広い道路と、一軒だけぽつりと立っている看板の大きなタバコ屋。

看板には、本、雑貨、食料品、新聞、タバコ、などといろいろな品物が書かれていたけど。
ひとつだけ、目に付いたものがあった。
映画の前売り券。

普段、私は映画にそう行く方ではない。
友達に誘われて2ヶ月か3ヶ月に一回行けばいい方だ。
行くにしても券など買わず、映画の日とか女性の日とか、安くなる日を選ぶことがほとんどなのに。
どうしてだか目に留めてしまったのは理由がある。

「ハンニバル」を見に行きたかったのだ。

世界一有名で優雅な殺人鬼レスター博士は左手の指が6本ある。
その美食と鋭い分析力にかなうものはいない。
原作「レッドドラゴン」「羊たちの沈黙」「ハンニバル」で彼のイメージが膨らんだせいで、彼は私の中で密かなヒーローとなっていた。
アンチヒーロ、悪趣味と言われても構わない。
好きなものは好きだから。

……とはいえ、高校のお上品な友達が好む映画とはとても思えなかった。

だから、一人で見に行こうと思っていたのだ。
どうせだから、前売り券やパンフレットも買って、贅沢に楽しもうと思っていた。
ちょうど、良い機会かもしれない。
わたしは思い切ってたばこ屋の中に入った。

思ったよりも中は暗く、客は誰もいなかった。
年齢不詳のお爺さんが一人、椅子に腰掛けたまま、新聞を読んでいた。
「……こんにちは」
声を掛けても、お爺さんは返事もしなかった。
はやくも私は入ったことに後悔していた。
食料品は少ないし、野菜はなんだかしなびている。
狭い店内は、ほこりをかぶった箱や怪しい人形、縁がさびたジュースなど得体の知れないものばかりがあった。
こんな所に前売り券などあるのか。

あきらめを感じながらも、一応聞いてみることにした。
「すいません」
返事がない。声を大きくしてもう一度。
「すいません!ちょっと聞きたいんですが!」
「そんなにどならなくても、聞こえるが」
……聞こえてるなら返事位しても良いじゃん。
そういいたいのをこらえて、私は聞いてみた。

「映画の前売り券ありますか。ハンニバルの」
「ハンニバルだと?」

一瞬、薄暗闇の中でお爺さんの目が光った気がした。

「あるよ。」
「ホントですか」
私の声は多分弾んでいただろう。
お爺さんはさっきとは打って変わった満面の笑顔を浮かべていた。

「お前さんは運がいいよ。残り2枚だよ」
「2枚ですか。じゃあ1枚いくらですか」
「2枚はどうじゃ」
「え、えっ?なんでですか?」
お爺さんは、私の質問には答えず、椅子の脇の棚から、10枚綴り定期券のような形の紙切れを取り出した。

ハンニバル、と確かに読めた。
切り取られた後があり、残り2枚のように見える。

「2枚とも買ってくれたら安くするよ」
私は少し迷った。
2枚買っていっても一緒に行く人のあてなどない。
しかし、もしかしたら2回見たくなるかもしれないし……。
「どうだい、2枚で4300円だよ。安いもんだろ」
自画自賛しながら、映画の券を切り取り、何やらぺたぺたとスタンプを貼っている。
……高い。
前売り券って買うのは久しぶりだけど。たしか、1枚で2千円はしなかった気がするのだけど。
それにお金は今日そんなに持っていない。

「……すいません。やっぱり1枚で良いです。1枚下さい」
お爺さんは不機嫌そうな顔になり、「1枚、1枚ねえ」とぶつぶついっている 。
「いくらですか」
「1枚なら2000円だよ」
あれ、バラの方が安いじゃないんかい。
なんだか不思議に思いながらも財布を探る。
千円札が1、2、3、4枚、隅の方で1枚縮こまっているから5枚。
なんだ、結構持ってるじゃない。

気が大きくなった私は、店内を見回してみる。隅の方に真新しい広辞苑が1冊あった。
「あ、券一枚とそこの広辞苑もください」
なぜだか急に欲しくなったのだ。
「広辞苑もだと」
お爺さんの声がやけに低かった。
あれ?と思ったが、気にせずにいう。
「そうです、2つでいくらですか」
「4300円だね」
お爺さんは素っ気なくいった。
「はい」
お金がちょうどあったので渡し、品物を受け取ろうとしたとき。

急に世界がぐらりと揺れた。

「え、なに?地震?」
おろおろする私に、お爺さんはニヤリ、と笑った。
「残念だな、もうここからは出られないぞ」

いつのまにか、背後の扉は消失しており、前方には見慣れぬ路地が広がっていた。
たばこ屋本体もない。消えたのか、拡大したのか、拡散したのか。
とにかく、私は見たこともない世界に来てしまったらしい。
「残念だったな。ハンニバルだけならまだ見逃したものを」
お爺さんの声と高笑いだけが響き、私は、そのまま意識を失ってしまった。
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……

どこかで水の音が聞こえた気がした。
私は、まだ目覚めてはいない。










第二章──レビュー

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どこかで水の音が聞こえた気がした。

ひやり、としたものが頬に触れ、なにか懐かしい匂いをかいだ。
誰かの顔がぼんやりと浮かび、意識する前に消えていった。
まだ半分は眠りの中だったが、私は徐々に目覚めつつあった。

目覚めのときは時に不安になる。

もしも、とんでもないところで目覚めてしまったらどうしよう。
もしかして隣に知らない人が寝ていたらどうしよう。

そんな不安を持ちながらも、いつものベットで一人目が覚める。
それがわたしの日常。

日常のハズだったのだが。

くしゃん。
隣でくしゃみの音と、身じろぎする気配がして。
私は、一瞬で記憶を取り戻した。
そういえば、映画の券、広辞苑、お爺さんの高笑い。

嫌な予感がする。
あれは本当のハズがない。
そんな非現実的な、超SF的な、シュールなとんでもないことがよりによって私の現実の中に入り込んでくるなんて。

うわ。目を開けるのが怖い。
だけど、こうしていても事態は改善するわけもない。
わたしは、おそるおそる、薄目を開けてみた。

目に入ったのは、豊かなウエーブのかかった茶色い髪。
どう見てもお爺さんのものではない。
ちょっと安心したが、安心している場合ではなかった。

誰なのこれ。
ここどこよ。

栗色の髪の持ち主は、こちらに背を向けていて、顔かたちは見えない。
だけどこの背格好からするとどう見ても大人には見えない。
やけにちっちゃい。小学生?

そして今まで私が寝ていたのは、なんだか乙女チックな感じがするピンク色の部屋で。
ダブルサイズはあると思われる巨大なベットに正体不明の人物と二人で寝ていた、としか思えない状況で。
これが笑い事ではない証拠に、枕元には広辞苑と映画の券がちょこんと置いてあったりする。誰が運んだんだろう。

私が部屋を見回しつつ、近くにあったくまのぬいぐるみをもてあそんでいると、ちょんちょんと背中をつつかれた。
「ダメよ。ゆうちゃんを虐めちゃ」
振り返ると、超絶美少女が、頬を膨らませていた。
うわ、可愛い。
なんというか世界中の美少女を集めて、良いところを取り出し、さらに砂糖を振りかけたような雰囲気だ。
「ゆうちゃんって……」
答えは分かったけど敢えて聞いてみた。
もっと少女の声を聞きたかったからだ。声も可愛いのだ。これが。
「くまのゆうちゃんよ。私のお友達だもん」
「ぬいぐるみがお友達なの?」
「だって。だってそうなんだもん。ゆうちゃん友達だもん」
何だか泣きそうだ。
あわてて私は熊を美少女に手渡した。
「ありがとう」
美少女は途端に気分を直したらしく、にっこりと微笑んだ。
つられて私もにこりと微笑みかけたが、次の少女の一言に、一瞬で笑みが凍りついた。

「それで、お姉ちゃん。誰?
ここにきたってことは、魔王に気に入られたんでしょ?何をしたの?」

私はまだ目覚めていない、と思いたい(泣)。
 


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月町夏野 |MAILHomePage

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