MEMORY OF EVERYTHING
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2002年08月12日(月) |
Our Night tastes spicy! |
校舎の3階の窓から、そっと身を乗り出した。 下は中庭だ。コンクリートの小道と盛り上がった芝生が、さすがに少し遠く見える。 一度上体を引っ込めて、窓の桟に手をかける。弾みをつけて、からだの半分を窓の外へと投げ出した。 まさか投身自殺しようという訳ではない。窓枠の上部に手を移して、体重を預けて無理矢理からだを反転させる。三日月の光る夜空が視界に広がった。背中をのけぞらせて、屋上のフェンスを下からのぞく。頭に血がのぼりそうだったけれど、何とか上着のポケットからミニロケットを出して屋上へと投げる。細い、しかし丈夫な糸をぶら下げたロケットは、フェンスを越えて視界から消えた。 ぐ、と手に巻いた糸を引っ張ってみる。ロケットの鉤部分はきちんとフェンスに引っかかったようで、ちょっとやそっとでは外れない強い抵抗を感じた。 そこで、ようやく校舎内に残っていた下半身も外へ引きずり出す。制服のプリーツが捲れ上がったのも束の間、とうとう全身が宙に釣られる状態になった。衝動で足はぶらぶらと揺れている。 スカートを短くする目的でウエスト部分を巻き上げるのに使っている、ベルトのバックルに手を伸ばす。パチンと取っ掛かりを引っかくとふたが開いて、中には小さなハンドル。指先でへそのあたりに位置するそれをくるくると回すと、からだが下へと降り始めた。これは以前見た映画で、ある泥棒が使っていた道具。面白そうだったので真似してみたのだ。 ゆっくりと降下して、足が地面に触れた。あたりを見回そうと首を回したが、突然強い光に照らされてその首をすくめた。上空からのスポットライト。 「まだまだ」 勝ち誇った笑み、というより、こちらの敗北をわざわざ知らせてくれるような笑みを浮かべて、背後にアイツが立っていた。 今日は負けたか。 諦めて、屋上から釣り下がった糸を断ち切ろうとした瞬間、ガクンとからだが引っ張られる感覚がした。実際、信じられない力でからだは先ほどと逆に上へとのぼっていく。背中が窓や壁にぶつかって引きずられて、ブラウスが破れるかと思うほどの痛みを感じた。まさか人の手で、校舎の1階から屋上まで引き上げられるとは思っていなかった。乱暴な手口は誰のものかすぐにわかった。地上でアイツがぽかりと口をあけてこちらを見ている。当然だ、引き上げられているこっちだって驚いているのだから。 からだが屋上のフェンスまで到達すると、ようやく声がした。 「あとは自分で上がって来い」 言われる間でもない。これ以上傷つくのはまっぴらだと、フェンスの網目をよじ登って屋上内へと飛び降りた。始めに見えたのは声の主より何より、小さな自転車。小さいけれど、大きな翼を広げている。 「ホラ、乗れよ」 そう言いながら自転車へと駆けていってそれにまたがったのは、気まぐれなあたしの「相棒」。すぐさま同じように走り寄って、その後ろへとまたがる。 「今日は来ないかと思ってた」 「気が変わった」 自転車はぐいぐいと漕がれることで、前方ではなく上空へ。こんな不思議な発明ができるからこそコイツが好きだ。 「アイツ、あとでリベンジね」 既に、地上の小さな点に過ぎないアイツに、ひとつ小さく投げキッス。今ごろ地団駄踏んでいることだろう。
さあ、夜の旅路を月明かりで帰ろう。
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