MEMORY OF EVERYTHING
DiaryINDEXpastwill


2002年08月11日(日) Where do I go?

それは、近所のカフェで人を待っているときのことだった。

待ち人来たらず。
もっとも、とっくに縁は切れているはずのお互いだから、もし来なくても構わない。むしろ、わざわざ顔を見ながら改めて別れを言い合うより、このまま自然に消滅した方が気分が良かった。
どっちが二人を結ぶ糸を切るハサミを持ち出したのか、今となってはわからない。わからないけれど、ひとつだけは確かだった。今ふたりの別れによって、傷つく人は誰もない。

アイスティーのグラスを持ち上げると、からりと氷の音がした。テーブルの上のナプキンに、水滴がぱたぱたと落ちる。ずっと手をつけていなかった紅茶は、レモンが染み込んで味がすっかり酸化していた。
飲むのを諦めて外を見る。よく晴れた日。夏の日差しが路上を歩く人々を照らしている。車道に車の影はまばら。5分に2,3台、湯だった空気を掻き切って右から左へ。
車体に照りつけた光が跳ね返って、思わず目をつぶった。視界が途切れた瞬間に、代わりとでもいうかのように鋭く聴覚が働いた。正確に言うと、無理矢理聴覚に音をねじこまれたのだ。
凄まじいブレーキ音。
目を開けてガラス越しに通りを覗き込む。商店街の路上を走るにはどうみてもスピードを出しすぎている一台の自動車が、角を曲がって目の前を通り過ぎた。あまりないようで、実はよくある光景だ。必要以上に飛ばすオーナーはどこにでもいる。
それだけならその車を気にとめることはなかっただろう。しかし、そこからがどこにでもある光景とは明らかに違っていた。
バラバラバラ・・・と荒いプロペラ音が追って聞こえ始めた。瞬く間に通りの上空に現れたヘリコプターの腹。商店街の店のひさしと同じ程の高さまで下がってきている。目をみはったのも当然だ。
更にヘリコプターは先を行く車体に向かって、機関銃を発射した。外で悲鳴があがるのが同時に聞こえる。
椅子を蹴るようにして立ち上がった。ショックを受けるよりも、体が動く方が先だった。
外へ出ようとして、待ち人について一瞬だけ迷った。待っていなくてはと思ったわけではない。呼び出されて待たされた挙句、アイスティー一杯分の勘定を払うのが嫌だった。
ガラスを振り返ると、先ほどの自動車がUターンして戻ってくるのが見えた。ヘリコプターは明らかにそれを狙って、またしても銃音を響かせる。ハンドルをとられたのか、自動車は道を外れてこちらへ向かってきた。近づいてくる。高い悲鳴のようなブレーキの音と共に、車体は目の前のガラスに突っ込んだ。破片が周りを舞う。しかし、からだの方は何ともなかった。
ハンドルを握り締めたままの運転手が顔を上げた。目が合う。当たり前だが知らない顔だった。しかし、・・・何故だろう。初めて会う気がしなかった。恐らく向こうも同じように感じたのだろう。ヘリコプターの騒音の中、ほんの数十秒見詰め合って・・・バタリと開かれた助手席のドアから車内に滑り込んだ。
背後で名前を呼ばれた。
今ごろ到着して、店の状態に唖然としながらこちらを見ている過去の人に、最後の言葉をかけた。

「アイスティー飲んだの。よろしくね」

車は走り出した。ヘリコプターを巻くように、恐ろしいスピードと巧みなハンドルさばきで狭い通りを疾走する。
シートベルトを締めて、運転席に座る男を見た。
名乗り合った名前はやはり、初めて聞くものだったけれど、始まりなんてどこでも良かった。


ゆり |MAIL

My追加