自分は昔犬を飼っていた。 自分は、というより家庭にいついていたと言った方がいいかもしれない。 犬の名はミミ。 ビーグル犬の純血種で、匂いや音にすぐ興奮する。 耳が長かったのと、パンのみみが大好物だったからミミ。 それを父親が貰って来たのは、自分に記憶が残っていない幼少のことだった。 犬の誕生日も分からない。 だから、3月3日はミミの日だね、と決めて毎年祝っていた。 ミミは薬品会社の試験をする犬だった。いわゆる動物実験だ。 それにも年齢制限があるのか、それともその薬は小さい犬でしか実験できないのか、 犬はちょっと年をとると薬品会社にとって不要なものとなった。 きちんと里親を探したものの見つからなかったらしく、犬はあと何日かで保健所へ行くところだったのだが 運が良かったのか悪かったのか、父親の友人が話しを持ちかけてきて、ウチに引き取られることになった。 だから物心ついたころにはいつもミミと一緒で、自分は犬を恐がったことはない、
ミミはアホだった。
それも相当な。
薬の実験のせいで妊娠できない体と分かっていないのだろうが、やはり発情期には変になった。 臭いし、他の犬を見れば吠えるし、雷は恐がるし、花火も恐がるし、けれど妙に強がっている。 それは純血種としてのプライドなのか、虚勢を張っているとしか言い様の無い姿であった。 バカ犬。究極のバカ犬だと、家族で犬を罵った。 しかしどこに行くにも犬を連れていった。自分はそのバカと一緒にいるのが、何より楽しかった。
嵐の夜、雷が激しく鳴った日があった。自分は小学校高学年だったと思う。 犬はいつもは虚勢を張ってワンワンと近所迷惑な程鳴くのだが、その日に限って妙にビクビクしている。 屋外で飼っているからドロになった水飛沫が犬小屋にまで跳ねていて、見かねた自分は犬を車に乗せた。 犬のせいで自分の服はどろだらけになったし、とても犬臭くなるがそんなのは一向にかまわない。 犬が安心して眠れるなら、別によかった。 案の定犬はスヤスヤと眠りだし、それを見ていた自分も車で寝てしまった。 翌朝。 怒られたとか、心配されたとか少しもなく、普通に車まで起こしに来る親。 すべてを見きっていたのか普通の顔で、自分が起きたときにはもう犬は小屋に戻っていた。 一番犬を心配していたのは、自分だった。 多分犬本人(犬?)よりも心配性であったと思う。
家族で遊びに行くのは専ら綺麗な川。 プールなど入った覚えは無い。プールで犬は泳げないからだ。 遠出をして違う県に行っても、犬はいた。 鮎を焼いて食べている横にも、興奮気味の犬がいた。 毎週、犬の散歩と名打って家族総出で出かけていた。
――やがて別れは来るものだ。――
自分が中学校2年の時だ。 散歩をしていて、ドブにはまるのが好きだった犬がドブにはまったまま出られなくなるようになった。 パンのミミをあげても埋めたまま、食べなくなった。 ご飯を食べなくなった。
けれど、散歩の綱をみせて「散歩いくぞ」というと嬉しそうに尻尾をふった。
自分は犬に綱を繋ぐ。 昔は暴れてなかなかつけられなかった綱が、何の抵抗もなくつけられる。 グイグイと主導権を握りまくっていた犬が、自分の歩幅についてこれなくなっている。 他の犬を見るとかすかに吠え、うな垂れる。 薄暗くなった街を一人と一匹で歩く。 その歩調が、犬がアスファルトを爪で引っ掻く音が悲しくて、リードを引きながら泣いた。 家に帰ってきてから水を新鮮なものに替えてやっても飲もうとせず、小屋に戻ってしまう。 あげたご飯も減っていないし、水も飲まない。 覚悟はしていたつもりだったが、確実に弱っている犬の様子を目の当たりにすると涙が止まらなかった。 手で水をすくってやると、舌を出してなんとか飲んだ。 それはお情け程度だったが、自分には十分な程嬉しいことだった。
翌朝、犬は高く一声鳴いて死んだ。
最後に口にしたものが自分の手から飲んだ水だったのかと思うと侘しさが募った。 もっといいものを食わせてやりたかった、と本当に悔やんだ。 犬はうちに来て、本当に幸せだったのだろうか? もっといい家庭に貰われたほうがよかったんじゃないのか? そんなことを今になって思うが、自分は一つはっきりと言える。 自分は、犬といられてとても良かった。 最高に幸せだった。 とても楽しかった。
犬の亡骸はいつも遊びに行っていた山に埋め、そこに薔薇の花を植えた。 そこからは毎年海で開かれる花火が見える。 一度も一緒に行ったことの無い花火だが、綺麗に見える絶好の場所を陣取って また声高に吠えているのかと思うと、なんだか胸が温かくなる。
以上。 本日の日記でした。 おもしろくなくてゴメンチャイ。←何
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