女の世紀を旅する
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2002年11月25日(月) 時代劇映画「海はみていた」はおもしろい

映画「海はみていた」(熊井啓監督)
                  2002.11.24


 近年,日本の時代劇がおもしろい。血わき,肉おどるのである。熊井監督はなにより江戸の風情や人情が感じられるいい映画を作ってくれた。清水美砂・遠野凪子らをはじめとした女優陣の存在感も光っており、皆それぞれ違う個性の粋な女を見せてくれる。やはり熊井監督の力量なのだろう。

 日本人が愛した「粋」という生き方は、言葉ではなかなか説明し難いものだが、それがこの映画では直裁的に伝わってくる。映像やセリフのはしはしに上手に表現されており,胸にこみあげてくる懐かしさがあった。

何とも言えぬテイストな映画であり、黒澤色というより熊井色が濃いものとなったが,黒沢色を意識したものも感じられた。

 舞台となる女郎屋の窓の外は葦が生い茂る草原、その向こうの広大な青い海。その四季を通じての美しい情景。娼婦たちのリアクション。こういった映像方法や集団演技の感じが黒澤風であった。
また、さすが黒澤脚本、ラストはかなり過酷な嵐の中で男の闘いが、、、。しかし闘いはさほど印象に残らないよう抑制されている。総じて男優陣は女達の存在感を際立たせるよう脇役として配慮されている。

 あくまで女性が主役の映画。「お新」役の遠野凪子はたしかに女郎というよりは農家の素朴な娘という感じではあるが,それがかえってこの映画を面白いものにしている。NHK連続ドラマ出身と聞いてなるほどの清楚な美。つみきみほも良い。
 女郎屋のおかみ役の野川由美子も粋で板についており,味わい深い。かつての映画「肉体の門」では、「海はみていた」のお新に相当する役だっただけに、まさに正当な継承が行なわれた感じだ。

ともあれ女優陣の大健闘が光った映画である。 映画自体は「赤ひげ」の山本周五郎作品と同じく、下町庶民の、特に女郎屋をめぐる人情噺が展開する。

そこでの庶民の哀感をほぼ清水美砂、遠野凪子の2人を軸に表現している。この2人が演技が迫真にせまっていて,観るものを飽きさせない。

あの恐ろしい洪水のラストシーンに持って行くため、出演者がひとり、またひとりと何となく退場していく。確かに人数が多いままでは処理できないクライマックスは、完全に黒澤風の力感のこもった場面である。最後のシーンの,熊井監督の言う「水と星空」のメルヘン風の描写に違和感を覚える人もいるかもしれないが,実はあれこそは黒沢明が映画「夢」などで好んで表現した現実と虚構のイマージュであり,その美的シュールさを伝えたかった熊井監督はこの映画のラストシーンに用意したとみるべきで,もちろん観客が驚くのは計算の上なのである。

 存在感が光る清水美砂の演技が黒澤作品に見られるような強さと美しさを醸成していて印象的であった。また脇役ながら石橋蓮司・奥田瑛二・永瀬正敏・吉岡秀隆などの個性的で,存在感がある男優陣の演技も,この映画を優れたものにしている。




熊井 啓 × 黒澤 明 × 山本周五郎


●監督 熊井 啓  Kei Kumai

1930年6月1日、長野県生まれ。
 旧制松本高校文科を経て、信州大学卒。独立プロから54年再始動した日活撮影所に入社。阿部豊、田坂具隆、久松静児ら実力経験共に豊かな監督の助監督につく。64年監督デビュー作『帝銀事件・死刑囚』を発表。

●脚本 黒澤 明 Akira Kurosawa

1910年3月23日、東京都生まれ。
 画家を目指し18歳で二科展に入選。36年、P・C・L映画(東宝の前身)に入社。 以後、伏水晃、山本嘉次郎、滝沢英輔らの名監督に助監督としてつく傍ら、『達磨寺の独逸人』など多くの脚本を手掛ける。38年『籐十郎の恋』(山本嘉次郎監督)でチーフ助監督、翌年『馬』でB班監督に昇進。43年『姿三四郎』で監督デビュー。

●原作 山本 周五郎−Shugoro Yamamoto

1903年6月22日、山梨県生まれ。
  横浜市の西前小学校卒業後、東京木挽町の山本周五郎商店に徒弟として住み込む。やがて関東大震災に遭い、一時期関西へ逃れる。26年4月「須磨寺附近」が文藝春秋に掲載され、文壇出世作となったが、この作品は関西時代の体験に基づいている。「日本婦道記」が43年上期の直木賞に推されるも受賞を固辞。58年、「樅ノ木は残った」完成。本作『海は見ていた』は「なんの花か薫る」と「つゆのひぬま」の2篇で構成されている。この2篇は周五郎の"岡場所もの"といわれる名作で、「なんの花か薫る」は56年、週刊朝日別冊で、「つゆのひぬま」は56年、オール讀物12月号で、それぞれ発表された短編である。 1967年2月14日他界。享年63歳。



●ストーリー

江戸・深川。将軍のお膝元である八百屋町の町の中でここは、大川(隅田川)の向こう“川向こう”と称され、吉原、辰巳の遊びに飽きた粋人や訳ありの衆が集う岡場所(私娼地)がある、葦繁る外れの町とされていた。
そんな深川のお女郎宿“葦の屋”で働く、まだ若く器量よしのお新(遠野凪子)は、女将さんやら姐さん方から「客に惚れてはいけないよ」と哀しい掟を教えられていた。

 ある夜、お新は町で喧嘩して刃傷沙汰を起こし逃げてきた若侍・房之助(吉岡秀隆)をかくまってやる。気丈で優しいお新の人柄に惹かれた房之助は、勘当された身の上ながら彼女の元に通いつめる。「惚れてはいけない」と思うお新は、会うことを拒み悩むが、房之助の「こんな商売をしていてもきっぱりやめれば汚れた身体もきれいになる」という言葉に心動かされる。その言葉を立ち聞きして感動した姐さんたちは、彼女のために一肌脱いでやろうと提案する。姐さん衆のまとめ役、菊乃(清水美砂)は、気のいい隠居善兵衛(石橋蓮司)の身請け話とヒモの銀次(奥田瑛二)との腐れ縁が断てず悩みを抱え揺れている分、お新の純な恋を暖かく見守る。

 そんな恋路にも終わりが来る。房之助が勘当を許された報告にやって来た際、お新と姐さんたちに自分の婚礼の話を晴れやかに告げたのだった。憤りを隠せない姐さん衆、突然の告白に動揺するお新。そんな彼らに房之助は当惑する。 彼はただ、お新を姉妹のように慕っていただけだったのだ。 一時は寝込むほど傷ついたお新も、徐々に立ち直りかけていた。 そんな彼女の前に一人の謎めいた青年が現れる。名を良介(永瀬正敏)と言い、寡黙な彼が少しずつ自分の厳しい生い立ちを語るにつれ、同じ境遇の宿命を背負った人間だと、お新は理解する。 不幸に打ちのめされ、自暴自棄になった良介を優しく励ますお新に対して、菊乃は「そんな男はヒモになるのがオチだ」と諦めるようにさとすのだが...


【CAST】

●菊乃:清水 美砂
 87年、山田大樹監督作品『湘南爆走族』でヒロインデビュー。91年、桑田圭祐監督作品『稲村ジェーン』で第14回日本アカデミー賞新人賞を受賞。

●お新:遠野 凪子
 小学生から子役として芸能活動を始める。大河ドラマ「八代将軍吉宗」(95)で近松門左衛門の子女役で話題になった。

●良介:永瀬 正敏
 83年相米慎二監督作品『ションベン・ライダー』で主演デビュー。89年のカンヌ国際映画祭で最優秀芸術貢献賞を受賞したジム・ジャームッシュ監督作品『ミステリー・トレイン』の1話に主演し国際的な知名度を得た。

●房之助:吉岡 秀隆
 4歳で劇団若草に入り77年野村芳太郎監督作品『八つ墓村』で映画デビュー。81年TVドラマ「北の国から」の純くん役で好演し注目を浴びた。

 




カルメンチャキ |MAIL

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